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Rev. John Shelby Spong

ボストンの街で、Borderという大手の本屋のチェーン店に立ち寄ったときに、宗教書のコーナーに、おもしろそうな本を見つけました。おもしろそうな、といっても、ぼくがおもしろいと思っただけで、誰にとってもおもしろいというわけではないでしょうが、いかにもぼくが興味を惹かれそうな本でした。
Spong
たとえば……
“Rescueing the Bible from Fundamentalism”(原理主義から聖書を救出する)とか、
“Why Christianity Must Change or Die”(キリスト教はなぜ変革するか、または滅亡するしかないのか)とか、
“Ressurection: Myth or Reality ?”(復活:神話か現実か?)とか、
“Living in Sin ? Bishop rethinks Human Sexuality”(罪の中に生きる? 主教は人間のセクシュアリティを再考する)とか、
“Jesus for Non Religious”(無宗教者のためのイエス)など……
Spong2

これら一連の作品の著者は、John Shelby Spong という米国聖公会の主教らしい。アマゾンなどで調べる限りは、日本語訳は出ていないようです。誰もやってくれないのなら、ぼくがやろうかな……などとゴーマンな考えがチラリと頭をかすめます(笑)。会話はあんまりだけど、訳文づくりなら、なんとかなるかな、とか(笑)。誰かに監修に立ってもらえればなんとかなるんじゃないか、などなど……。

とにかく、題名だけでも、ぼくにとっては大変興味をそそられる著者でした。簡単にプロフィールを見るだけでも、ジェリー・ファルウェルやパット・ロバートソンなどの保守派と対立して論陣を張っているようです。いま保守の大旋風が吹き荒れているアメリカで、よくがんばっているんだなぁ、と感心します。また、保守・リベラルに限らず、ちゃんと両論並立で本屋に並んでいるお国柄にも感心します。
どこかの国のアホな保守派みたいに「回収しろ、廃刊にしろ」なんて幼稚なことは言ってません。反対意見があるなら、自分も本を書けばいいのです。

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Comments

是非日本語訳やってくいださい!!!

アメリカ、ブラックスバーグの大学での銃乱射事件…本当に悲痛な思いで見聞きしていました。

だけどその場に生きるおばちゃんが「被害者ももちろんだけど、加害者の家族のことも心配だわ…」みたいな発言を聞いて、何だか涙が出ました。

その事件のことを、ただ事件としてではなく、そうなってしまったことで傷ついたあらゆる人たちのことを想いはかっている、その有様が日本ではないかもしれない…と思いました。

なんでそんなことをしなければならなかったのだろう…

その意味を想い図ることなしには、次の事件を食い止めることはできないと思うのですが…

Posted by: mm | April 20, 2007 at 02:21

そうそう、昨日の時点で、神戸キリスト教書店でもちゃんと平積みで置いてありました。まだまだ売れているようです。回収は不可能なり。

Posted by: トマス | April 20, 2007 at 08:04

>mmさん
日本でも長崎の駅前で市長が射殺されましたね。暴力、暴力、暴力……銃を持つことをやめないといけない。けれども、中がなくては怖くて暮らせないという声がアメリカでは強いといいます。日本もそうなっていくのかな。いったい人間の歴史は進んでるんでしょうか、退いているんでしょうか。
答えのない書き込みですみません。

>トマスさん
はい。大阪キリスト教書店さんからも「売りますよ~」と元気なお声をお聞きしました。
明らかに彼らはやりすぎました。まだ大阪教区総会でも騒ごうとしているようですが、騒ぎが大きくなればなるほど、不利になるでしょう。悪ふざけにも限度ってものがあります。

Posted by: 牧師 | April 20, 2007 at 23:08

あ、ところで、このSpongという著者ですが、神学部に問い合わせてみたらば、アメリカのリベラル派の最も良質な部分を提示している論者だそうです。日本ではほとんど知られていませんが、アメリカでは有名な方だそうです。
なかなかいい出会いをしたようです。

Posted by: 牧師 | April 20, 2007 at 23:11

面白そうですね。私も読んでみたくなりました。
やっぱアメリカって、なんのかんの言って多様性が尊重される国なのかなって思います。日本に伝わってくるのはどうしても極端な部分になりがちですけど。それに、「言論」をとても大事にする文化がありますよね。その辺羨ましいです。

>反対意見があるなら、自分も本を書けばいいのです。

まったくです。

Posted by: ぽとす | April 23, 2007 at 21:46

そうですね。住んでみた事があるわけではないので、はっきりしたことは言えないのですが、多様性というのは前提としてあると思います。しかし、自分の主張の仕方も、相手への攻撃の仕方も、かなり徹底したところがあるでしょう? あれには参るな、と思います。「言論」を大事にする、といえばそうなんですけど、とにかく「自分」というものの主張の仕方がハンパじゃないな、と感じることがあります、何人かのアメリカ人を見てて。

Posted by: 牧師 | April 23, 2007 at 22:10

>あれには参るな

その感覚もよく分かります(笑)。いわゆる「文化の違い」を実感する瞬間ですよね。でも、慣れてしまったら、はっきりしない日本人が鬱陶しく感じるようになりそうな気がします。

Posted by: ぽとす | April 24, 2007 at 00:07

なるほどなるほど、そうですね。ぼくは今その中間くらいの感覚のような気がします。あんまりはっきり主張すると「うへっ」と思うけれど、あんまりあいまいなのも帰って困っちゃいますよね。
アメリカ人に限らず、自己主張の仕方が洗練されている人っていますよね。さわやかに、相手にいやみを感じさせず、さらりと、自分の主張を相手に理解してもらえるような。そういうセンスにあこがれます。なかなか、いつまでもあこがれで、実態がともないませんが(苦笑)。

Posted by: 牧師 | April 24, 2007 at 22:10

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