西大和教会に行きました。
今日は、友だちが牧師をしている、日本キリスト教団西大和教会の礼拝に参加しました。その牧師を勤め先の学校のクリスマス礼拝に呼んでいるので、軽く打ち合わせをするつもりで、出かけていきました。
今日は世界聖餐日の礼拝だったので、パンとぶどう酒の聖餐式に参加することができました。
初めて教会に来た者に、温かく接してくださる教会員の方々の心遣いが、ありがたい朝でした。
この礼拝の説教の中で、聖餐に関する意見の違いから、日本キリスト教団常議員会において、「教団の教師をやめるよう勧告する」という議案が出された事件についての話がありました。どのような考え方、信じ方があっても、自分以外の見解や態度を「あってはならない」と否定する不寛容な人びとがいることは、悲しむべきことです。



Comments
西大和の先生、私も家族でお付き合いいただいております。
ところで、沖縄のM牧師は「イエスはオープンだった」と申しておりますが、私も同感です。
「パンとぶどう酒」に資格や条件を付けているのは人間の側で、今の状況は「人間の戒めによって神の戒めを無にしている」のと同じように受け止めています。
Posted by: kawaranochurch | October 07, 2007 at 20:19
本当にそうですね。イエスが自分の教団のメンバーだけを招いて、他の人びとを排除したということは考えられないです。
「これはあなたがたのためのわたしの体である」と伝えられる「あなたがた」が誰であるかですよね。
第一コリント11章や、各福音書の「主の晩餐」の制定の言葉では、イエスの弟子集団に限られるような解釈も可能だと思います。
それと同時に、4つの福音書に収められている、5000人(あるいは4000人)の、パンと魚の食事を根拠にして、パンと魚の愛餐をすべての人に開かれた食事の有様を示すものとして受け取ることも可能ですよね。
もともと愛餐と聖餐の区別もなかったわけですから、食事はオープンだったのでしょうし、貧しい人びとにとっては食事にありつける場としての教会はとても恵みに満ちたありがたい場所だったのだろうと思います。
その後ですよね、聖餐が儀式化して愛餐と切り離されていったのは。
Posted by: 牧師 | October 07, 2007 at 20:40
今日は世界聖餐日ということで(それだけじゃないかな)、私がお世話になっている教会は、大阪台湾教会との合同礼拝でした。大阪台湾教会も教団の教会だ、と言ってしまえばそれまでなんだけど、それでも、国も民族も宗派(的なルーツ)も超えた聖餐のつながり、を実感しました。
いわゆるオープン/クローズとは直接関係ないけど、つながってこその聖餐ですよね。なかなかいい聖餐式でしたよ。夕方にはカトリックのミサにも参列。豊かな1日でした。
Posted by: トマス | October 07, 2007 at 22:19
トマスさんは、朝から晩まで満たされた一日でしたね。
そういえば、連長からの抗議文に、ぼくの本の「気長に教会をハシゴすればいい」が槍玉にあがっていました。連長の基準によれば、トマスさんは「いい加減な信仰の持ち主」です。
Posted by: 牧師 | October 07, 2007 at 22:49
>いい加減な信仰の持ち主
この程度の徘徊でいい加減なのだったら、私の全貌が知れたら「最低の信仰の持ち主」と言われるかも。毎週土日に決まって行く教会以外に、カトリック、日基、単立、教団、あわせて5ヶ所ほどが私の日常の行動圏内に入ります。この3年で1度でも行った(日曜とは限らないけど)教会を数えれば軽く20は超えます。それぞれに礼拝のスタイルが違い、会堂の建て方が違い、その会堂に表された信仰が違い、賛美歌の選び方が違い、聖書を読むスタイルが違い、どの教会からも得るものがありましたね。
Posted by: トマス | October 07, 2007 at 23:07
ええ、立派な「不良」信徒ですねぇ。
最近受けた相談で、「他の教会も見てみたいと言うと、牧師から『うちの教会でのメンバーシップをはっきりさせてからにしてくれ』と迫られた」というのがいくつかあるんですよ。
けっこう、経済的にも追い詰められて、気持ちの余裕がなくなっている牧師さんが増えてきているのではないか(確証があるわけではありませんが、そういう相談がころがりこんでくるので)、と思ったりしますね。
トマスさんの「ハシゴ」は、本当にうらやましい。文字通り「豊かな」信仰生活ですよね。
Posted by: 牧師 | October 07, 2007 at 23:15
こんにちは。こちらの掲示板やブログのポストには刺激になることや勉強になることが多く、いつも楽しみに読ませていただいています。
今回の話題も、途中までは共感して読み進めたのですが、しかし、最後のコメントだけは、心穏やかに読むことができませんでした。「経済的に...」以下のくだりです。
本来の文意は理解しているつもりですが、地方の小さな教会の現状に(情報として間接的にですが)接する機会が多いので、思い入れが先立って変な読み方をしてしまったかもしれません。
Posted by: peripatos | October 12, 2007 at 11:14
ちょっと行過ぎた発言だったかも知れません。しかし、経済的な問題で信徒に過大な要求をする教会の牧師が増えている、というのは、ぼくがメールでいくつも相談を受けているなかでの実感です。
Posted by: 牧師 | October 12, 2007 at 16:33
まぜっかえす訳じゃないですけど、コミュニティにちゃんと所属する、と言うのも大切ですよね。
一方、巡礼することも大事かな、と。
経済的なことも含めて、いろいろと難しいですね。
Posted by: トマス | October 12, 2007 at 20:34
レスありがとうございます^^
牧師は経済的に追い詰められそうになりながら、信徒は経済的負担を感じながら、力を合わせてがんばっている地方の小さな教会のことも、お祈りの端っこにでも加えてくださるとうれしいです^^
また、「経済的な問題で信徒に過大な要求をする教会の牧師が増えている」とのことですが、実際にそういう牧師が増えているのでしょうか?あるいはそういう牧師が増えているのではなく、「そういう相談が増えている」(ようやく相談できる場所がみつかって次々とそんな相談が増えている)という可能性はないでしょうか?
私自身以前に通っていた教会は、二言目には「献金、献金」で、サラリーマン時代の夏のボーナスを全額献金したこともあります(笑) まあ、今となってはいい思い出です(笑)
とはいえ、私自身、教会員のみなさんにそういう要求だけはしないようにしようと気をつけてはいるものの、中小規模の教会で、この人数で、牧師謝儀・諸保険等を捻出しなければならないという現実そのものが、教会員のみなさんにとって「過大な要求」となっていることは否めないです。。。そのほかにも光熱用水費、負担金、諸経費、会計はいつも綱渡り。。。
それでも、会計役員をしてくださっている方は、前任牧師時代に、ドイツから来たある牧師がうちの教会を見て、「こんな小さい教会が牧師を迎えてちゃんとやっていけるというのはドイツでは考えられない。神の奇跡だ!」と言ったという話を、いつも遠い目をしながらちょっと自慢げに語ってくれます。そして「あとは神様にお任せして、とにかくやっていきましょう」と。いつも頭が下がってブラジルまで到達しそうになります(笑)
これでも、うちはまだ都市部にあるほうで、教区の中では中規模にあたるほうなのです。。。
>トマスさん
そうですね^^
コミュニティーに誠実に属する人がいなければ、巡礼する先も存在しえないわけでw
しかし、巡礼する方がたくさんのよいものを持ち運んでくださることで、共同体が豊かに、健全になることは喜ばしいことですよね。
渡り鳥状態の良し悪しもケースバイケースだと思います。一律に良くないとか、いい加減な信仰だとかいう決め付けのほうこそ、神様に対する信頼(=信仰)が足りないんじゃないの?と思います。悪いケースもたまにはあるんですけどね。
逆に、牧師がよそに招かれて行ったり、学校の講師をしたり、教区で役職についたりするのをよしとしない風潮もあったりしますよね。。。。それこそ「どこから謝儀が出てると思ってるんですか」みたいなww
Posted by: peripatos | October 13, 2007 at 10:43
ますます混ぜっ返しっぽくなりますけど、都市部の大きな教会からどこかの小さな教会に巡礼団が1回訪問すれば礼拝献金だけでもちょっとした金額かな?とか。金額だけのことをいうなら巡礼団の交通費も込みにして、いながらの献金の方が多いのかもしれないですけど。でもやっぱり交流も大事だし。なんてことを結構マジメに考えているのです。
明日、私はいつも行っている教会の関係教会(伝道所)に行ってきます。いつもよりちょっと多い目に礼拝献金してこようかな、と考えています。まずは実行。
Posted by: トマス | October 13, 2007 at 20:08
>peripatosさん
ぼくの発言にデリカシーが欠けていたんだと思います。本当に苦しい思いをしている教会員、牧師への配慮が足りませんでしたね。申し訳ありません。
これからは、peripatosさんがおっしゃるように、小さな教会のために祈っていきたいと思います。
経済的うんぬんを言うなら、自分がそういう教会に献金してからにしろ、という声が聞こえてきそうです。読んでいて、お気を悪くされた方もいらっしゃるのではないかと思います。どうも申し訳ありませんでした。
Posted by: 牧師 | October 13, 2007 at 20:48
>牧師先生
こちらこそ、横槍を入れるようなことをして、お気を悪くなさっていないでしょうか。失礼しました。
もともと意図しておられたことは、よくわかっているつもりですし、ある意味同感です。これからも様々なご相談に、ぜひのってさしあげてください^^
>トマスさん
えと、「巡礼する方がたくさんのよいものを持ち運んでくださる」というのはそーゆー意味ではなかったのですが、そーゆーのも歓迎です(爆)
というのは悪い冗談ですが、礼拝に新しい顔や久しぶりの顔があるということは、とてもうれしいものです。とくに小さな伝道所ではその喜びもとても大きいみたいですね。東北のある伝道所に友達が訪ねたときには、「今日は礼拝出席がいつもの倍になった!」と喜ばれたそうです。
大きな教会、小さな教会、ウェットな交わり、ドライな関係、それぞれの主にある群れが、その地に遣わされた枝々として、それぞれの持ち味で福音を分かち合い、時には協力しあえればいいですね^^
Posted by: peripatos | October 14, 2007 at 00:00