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緩和ケア

父の鼻に酸素の管が取り付けられた。血中酸素濃度が極端に下がってしまったからだという。血圧も下がってしまった。意識は混濁気味だが、「親父」と呼びかけると、目が正気に戻る。
「死なせてくれー。いっそのこと楽にしてくれー」と言う。「まだ、がんばったほうがええか。がんばらあかんのか」と言う。苦しくて仕方がないのだと言う。しかし、とても「楽にしてくれ」とは言えず、「がんばってや。がんばらんとあかんで」と、かえって本人を苦しめるようなことを言ってしまったのかもしれない。
「親父はいままで幸せやったか?」と聞いたら、「おまえがこうして来てくれるのが幸せや」と言ってくれた。「親父の息子でよかったと思ってるで」と、意識のあるうちに伝えることができた。「ありがとう。ありがとう」と言ってくれた。
今日、明日の命かも知れない。

緩和ケアというのは、痛みをコントロールするのだという。ぼくは、痛みのコントロールというのは、痛みをとったぶん、人にお礼を伝えたり、長い間謝ることができなかった人に謝罪をしたり、そういうことができるものだと思っていた。
今回、そういう予想は完全に甘かったのだと思い知らされた。
痛みを取るためには麻薬を使わないといけない。すると、こんどは意識が遠のいたり、極度に眠くなったりする。痛み止めを投与すればするほど、意識は混濁してゆく。だから、だんだんまともな会話もしにくくなっていくのだ。
そうして、会話もままならず、意識もぼんやりしたなかで、次第に癌の転移は進行し、たとえば脳の呼吸中枢にまで転移したら、呼吸がとまって酸欠死する。癌自体の痛みは取れても、呼吸の苦しさはどうにもならない。そして苦しんで、死ぬ。
親父の場合、いまはノドのリンパが腫瘍になって肥大しており、水を飲み込むこともできない。それでも口が渇くから、「一滴だけ、お茶をくれ」と言うそのとおりに、一滴だけお茶をぽたりと落としてあげた。
こうなるまで、1ヵ月半。こんなに命があっけなく散ってゆくのか、こんなにあっという間に、自分の言いたいことが伝えられなくなるのかと思うと、恐ろしい気持ちになる。

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Comments

見守られているご家族の痛みも一緒に伝わってくる文章でした。
お父様の身体の痛み、さぞお辛いことでしょう。

主のお慰めをお祈りしております。限られた時間のなかで、心の通い合うときを大切に過ごすことができますように。

Posted by: ののか | April 01, 2008 at 06:53

ののかさん、ありがとう。
見舞い客のなかにもキリスト教関係者がいて、「死ぬ前に洗礼をさずけてやり。でないと天国に行かれへんで」と言ってくれる人がいるのですが、それが本人の願いかどうかと考えると、洗礼をさずける側の自己満足なような気がして、気が引けるのです。

「死なせてくれ」という叫びと、「死にたくない」という嘆きの間で、父はもがき苦しんでいます。

Posted by: 牧師 | April 01, 2008 at 22:26

はじめまして、私は今神学研究科に所属しているものです。
先生の日記を読み、書かずにはいられませんでした。
突然の長文をお許しください。

私は母親を3年前におくりました。
母は肝臓癌でしたが、最期の一ヶ月は全身の痛みが激しくなり、それを和らげるために麻薬を最期までやり続けました。
その前には延命処置をするかどうかのやりとり、
意識が混濁するが麻薬(モルヒネ)をやることの有無など
母の命が長くないことを嫌でも知らざるを得ませんでした。

麻薬による痛みの緩和を続けるにつれて、
会話をすることもままならず、母は、目が覚めると
「すみません、すみません」と誰かを呼び、
時折「助けてください」と言いました。
付き添っていた私はその姿と言葉を聴くのが辛く、
「早く落ち着かせてあげなくては」という気持ちで
母が目を覚ませば、無自覚に医師や看護師さんたちに
薬をお願いし、投与後、母が寝てくれると安心ということが
2、3週間つづきました。
母が亡くなる前日はさまざまな葛藤から
私は付き添っていたにも関わらず、
母に近寄ることもせず、声もかけず
その姿を呆然と眺めることしかできませんでした。
その時なぜ自分がそんな行動にでたのか今もわかりません。

母を送ってから、母は自分が死ぬこともわからず天へと召された
と思うと激しい後悔に襲われます。
今でも他に方法がなかったのかと思い悩み、
また思い出すことが辛く心の整理ができていません。
でも、今日先生のお父様についての日記を読ませて
いただいて、今まで私の心にためていたものの一部を
出したい気持ちになりこのような長文を書いてしましました。
勝手につらつら書いてしまい申し訳ありません。
(このブログにそぐわないと判断されましたら
 削除していただいてかまいません)

先生のお父様、先生、ご家族の方々、大変お辛いと思います。
主のお慰めとともに、皆様の心の平安をお祈りしております。

Posted by: ぱく | April 04, 2008 at 01:49

ぱくさんへ

大切なお話を書いてくださって、本当にありがとうございます。
お返事が遅くなりましたが、ちょうど昨日、父親を荼毘に付したところです。この間、臨終の前後からどたばたして、今日初めてあなたの書き込みを読みました。

お母さんが、自分が死ぬことをわからないままお亡くなりになられたとのこと。
それは、死ぬことを知らないまま、こん睡状態になられた、ということなのでしょうか。
もうそうなら、それはそれで、よかったのかもしれないと思いますよ。
私は父にはっきりと告知しました。そして、「もう残された時間は少ないんだから、今のうちにやっておきたいこと、言っておきたいことを、ちゃんと考えてくれよ」と強くお願いしました。
しかし、自分が死ぬということをわかるというのは、やはり大変なことです。そのことで、私は父を苦しめたのかも知れないと思うことはあります。
しかし、最終的には、父は本当にきれいに自分の死を死んでくれました。だから、私は父と神さまに感謝しています。

自分が死ぬということを知らずに逝ったとしても、自分の死という現実に直面して苦しむようなことがなかったのであれば、それはそれで、優しさのひとつの形ではないかなと思います。
そして、もし死後の霊というものがあるとしたら、「あら、わたし死んでいたのね」とあとで気づくだけのことですから、大した問題ではないかも知れませんよ。

まぁ勝手なことばかり申し上げましたが、どうかご容赦ください。

Posted by: 牧師 | April 09, 2008 at 00:30

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