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『ドラえもん 緑の巨人伝』を観ました。

家族で映画を観にいこうということになって、子どもたちが選んだのが、『ドラえもん 緑の巨人伝』でした。
ドラえもんだったら、ハズレはないだろうなぁと思って観たのですが……。
ナウシカと、もののけ姫と、エピソードⅠを足して3で割ったようなお話でした。つまり目新しい要素が何もありませんでした。
あとは、特に書くことはありません。

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位牌を預かってはみたものの……

父が住んでいたアパートの片付けに行った。大きな仏壇があるので、業者に頼んで引き取ってもらった。業者は、ふつうのタンスなら5千円、同じ大きさでも仏壇は3万円かかるという。それなりに供養して処分するのだという。だから、3万5千円払った。しかし、当日引取りに来た人間は、明るく「拝みのほうは済んでますよね?」と言う。拝みをこっちがやるのか、業者がやるのかも、現場の人間は把握してないのだ。要するに3万円だけとって、供養もせずに処分するのだろう、やれやれ……。

さて、仏壇を持っていったもらったのはいいが、手元に位牌が残ってしまった。さすがに、これは業者も処分するというわけにはいかないらしい。
しかし、自分はキリスト教徒だし、弟も引き取って拝む気もさらさらないみたいなので、持って行き場に困った。しかし、そうはいっても、そのまま粗ゴミに出してしまうのも、なんだか気が引ける。クリスチャンの信仰の立場から言えば、ただの板に過ぎないのだけど、故人がこういう方法で供養されることを望んでいっただろうから、故人の宗教を尊重しなくては、という気もする。お炊き上げという、まぁなんというか、焼却する方法もあって、キリスト教式でお炊き上げ式を自分でやれば安上がりかな、というような不謹慎な胸算用も含めて、ちょっと困ってしまった。
この問題を解決できれば、新しいQ&Aが書けるのですが……(笑)

とにかく、ぼくの家には、3つの位牌があります。風呂敷に包んで、部屋の隅に置いてあります。どなたか、いい知恵を授けてくださるとありがたいのですが……。20080428ihai

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お疲れがでませんように

父を天に送ってから、もはや2週間以上が経過した。
父が亡くなって、しばらくの間、職場などで「お疲れが出ませんように」と温かく声をかけてくれる人びと、世の中やさしい人が多いもんだなぁとうれしかった。
「お疲れ」というものが出るのかなと思っていたら、やはり出た。
2週間目の土曜日にガクンと体調が悪くなって、出張の予定も取り消し、寝込んでしまった(Kさんご負担をかけました。ごめんね。ありがとう)。
「お疲れが出ませんように」という言葉は、やはり的を得た知恵の言葉なんだなぁと思った。

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埋葬式

父は、死の3日前に病床洗礼を受けて、一応クリスチャンとなった。しかし、お墓は明石市にあるお寺にすでに建立していた。だから、本人としても、その墓に入るつもりだっただろうということで、そこに納骨することになった。
さて、お寺に納骨ということになると、ふつうは戒名がついて、お経をあげてもらって、ということになるのだが、埋骨される本人がクリスチャンになったということで、そこは免除してもらうことになった。じっさい戒名をつけてもらうだけで、何十万円というお金が飛んでいくと聞いていたので、正直ホッと胸をなでおろした。そして、埋葬式もキリスト教でやってもらってもかまわんよ、と住職が言ってくださった。
そして、キリスト教で埋葬式をするとなると牧師を呼ばないといけないね、という話になったのだが、今回は自分でやってみたいと思ったので、「私が牧師の資格を持っています」と申し出た。
本来なら、仏教式でいけば、しばらくはお骨を自宅に置いておいて、三十五日あるいは四十九日の法要を行ってから納骨ということになるし、キリスト教式でも1ヶ月後に追悼式を行うのがふつうらしい。ただ、いずれにしても親族の都合がつかない場合は、それより早くする場合もあるらしい。
実は、家族の都合がどうしてもつかなかったので、去る金曜日の午後に、富田家の墓がある墓地で、埋葬式を行った。かくして、曹洞宗のお寺でキリスト教式の埋葬式をやるという、ひょっとしたら珍しい経験をすることになった。
参列してくれた家族は、みな懸命に讃美歌を歌ってくれ、祈りにも「アーメン」と言葉を合わせてくれた。明るく晴れた昼下がり、骨壷はお墓になかに納められ、ぼくらは別れを告げた。

家族の都合で、ずいぶん早く埋葬することになったが、三十五日、四十九日という数字は、あながちあなどれないと感じた。本音を言うと、実はもっと長い間、お骨を自宅に置いておきたかったのだ。子どもたちも寂しがっていた。別れを告げるにしても、時間をかけて別れる必要が、心にはあるのではないかな、と思った。
しかし、まあ仕方がない。遺影の前に香をたいて、故人を偲ぶよりほかにない。

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香をたく

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父のお骨を持って帰って来た。お骨の前で「お香をたきたい」と子どもたちが言う。
子どもたちは「わたしたちはキリスト教」という自覚を最近持つようになってきている。しかし、亡くなった人を思いながら香をたくことについては、「そういうもんだ」と思っている。というか、お香をたくことを楽しみにしているふしがある。
この場合、いかにも仏壇にそなえるような線香ではなくて、趣味の店に売っているような、いろんな種類のインセンスになるわけで、ぼくも、「そういうのもあってもいいんじゃないかな、それが子どもたちの素直な宗教観なら、それを認めてあげてもいいだろう」と思って、「じゃあ、お願いね」と子どもたちに任せた。
そういうわけで、お酒の好きだったおじいちゃんのお骨の前には、ビールが注がれ、そしてお香がたかれている。いろんな種類の香りを家族で楽しんでいる。
20080407incenseandbeer

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和洋折衷

ぼくはクリスチャン。弟は、洗礼を受けたことはあるが、今は信仰を失っている。彼は、仏教に帰依しているというわけではなく、仏式の弔いにもあまりコミットしたくなさそう。そういうわけで、今回の父の葬儀も、無宗教式にしようと話していた。
しかし、いったん病床洗礼を受けさせてしまうと、なんだかぼくも心が落ち着かず、弟には悪いが、結局独断でキリスト教式で送り出すことに急遽変更をしてしまった。
しかし、それでは、弔問に来た人たちが、勝手がわからず困るのではないだろうか、という話になって、一応、お焼香台も置くことにした。つまり、キリスト教式と仏式の折衷案である。これで、弟もぼくも満足した。
20080406crossandincense
そういうわけで、写真にもあるように、父の遺体には十字架の覆いがかけられており、頭上には焼香台も置いてある。これで、クリスチャンが来ても、仏式の人が来ても、対応できるようになったと思う。どちらかの宗教に統一して排他的にするのではなく、なるべく多くの人の宗旨を尊重するためにこうしたのである。

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父の帰天

父が死にました。72歳でした。
しかし、本人が言うのではなく、残された遺族であるぼくが言うのも変かもしれませんが、「完璧な死」、「パーフェクトな死に様」であったと思います。
ぼくにとってラッキーだったのは、亡くなる前夜から病室に泊り込んで父の世話をしながら、そのまま死ぬまでそばで看取ることができたことだと思います。

亡くなる前夜の段階では、喉の周囲にもガンがどんどん増殖して、声帯を殺してしまったようで、声が出なくなっていましたが、それでも、息だけで何とか言っていることは理解できましたし、コミュニケーションが取れました。
しかし、喉にできたガンのせいで、血痰がたくさん出ました。そこで、夜通し血痰を吐き出させ、それをふき取る作業に追われました。
朝がきて、血中酸素濃度がぐっと下がったので、鼻に入れた酸素のパイプから、酸素マスクに取り替えてもらった。その時点で、看護師さんから「もう自分で努力しないと呼吸できない状態になりました。ご家族に連絡を」と言われました。そこで、弟に連絡しました。

弟は会社に行きかけたその足で、病院に向かいましたが、朝の渋滞にまきこまれ、到着が遅くなりました。
「親父、あいつが来るまで、待っててくれよ!」と声をかけましたが、父は筆談で「早く死のう」と書きました。本当に苦しかったのだと思います。しかし、ぼくは「あかん、もう少し待ってくれ!」と父に頼みました。
長距離ランナーのように、必死に呼吸をキープしつづける父。弟はまだ到着しない。「遅い」、「何してるんや」と父は息だけで叫ぶ。「あと5分」と父は言います。後5分なら、呼吸する努力ができる。しかし、それ以上は無理だというのです。やがて「あと2分」と言います。「頼むから、待ってくれ!」
そして、やっと弟が病室に駆け込んできて、兄弟がそろいました。父はほっとしたように笑いました。それからは、兄弟二人で手を握ったり、体をさすったり、頭をなでたり、仲のよい時間を過ごすことができました。それから、だんだんと父の呼吸は力のないものになってゆきました。もう努力して呼吸しなくてもよい、と本人も思ったのでしょう、呼吸はどんどん弱くなっていきました。

やがて、病床洗礼を授けてくださった牧師からも携帯で連絡が入り、訪問してくださるとのこと。
牧師が到着すると、ぼくと牧師の二人で、父の魂が和らいで、赦されて神さまのもとに受け入れられるように、と祈りました。そうすると、見る見るうちに血中酸素濃度が下がってゆき、心拍の不整脈もひどくなりました。
もはや呼吸はほとんど停止していました。
主治医は「もし声が聞こえていたとしても、遠くでぼんやりと聞こえるような程度だと思います」と言ったので、ぼくも牧師も大きな声で呼びかけました。
やがて、心拍数が落ちてゆき、次第に間隔があくようになり、そして、十秒以上もの感覚を置いて、最後の鼓動が鳴り、心臓は停止しました。

意思の疎通ができていた段階から、最後の瞬間まで、看取ることができたのは、幸いなことだったと思います。
罪を多く犯した父でしたが、死に際は実に平安に満ちたものでした。
眠るように父は死んでいきました。

ぼくは、生きていた父の体が、亡骸に変わってゆく過程を、目の当たりにしたのですが、にもかかわらず、亡骸が自分の父であることを認めたくない気持ちになっていました。
心停止した瞬間、父の魂と心は、どこか別のところに行ったような気がしました。なぜなんでしょうか。理由があるわけではありません。自分でも意識しないうちにそういう死生観が身についているのでしょう。しかし、それが何に起源があるのかは、自分でもわかりません。

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幼児洗礼のような病床洗礼

癌が全身に転移して、余命いくばくもない親父。その親父は、さまざまな金融業者から金を借りまくり、友人からも親戚からも金を借りまくり、返済もめども立たないまま、この世から去ろうとしている。
多くの人に迷惑をかけ、多くの人を傷つけた。多くの人が親父に怒りを抱き、憎しみを抱いている。「このままでは、あの人、地獄に行くしかないで。天国行かれへんで。あんた牧師やったら何とかしたりや」と言う人がいた。
そこで考えた。娘3人に幼児洗礼を授けていただいたときには、「この娘たちが、もし小さい間に事故や病気で死んでしまったら、まっすぐ神さまのもとに行けないのではないだろうか。自分が死んだときあの世で再会できるだろうか」と、案外保守的なことを考えたものだった。そう考えて、本人たちがわけがわかってなかったときに、親の判断で幼児洗礼を受けることをお願いした。
今回、親父は確かに罪深い。天国というものがあるとしたら、たぶんそのまままっすぐには天国には行けないだろう。少なくとも、死ぬまでの間、不安であろう。まだ生きている間に、「イエスは罪人を招いているのですよ、あなたは赦されますよ」と告げることができたら、どんなにいいだろうか。

そう考えたぼくは、息子の判断で、親父に病床洗礼を授けてもらうことに決定した。親父は半分意識がボケていたり、半分しっかりしたりの、行ったりきたりだが、とにかく「親父が天国に行けるように、牧師さんに洗礼さずけてもらうからな」と言い聞かせて、本人の同意を取った。
牧師は病院に一番近い教会の、友人の牧師に来てももらって、お願いした。息子のぼくがやるより、他の牧師さんに来てもらうほうがありがたいではないか。
癌が脳にも転移して、半分意識がぼんやりしているような親父だったが、洗礼式の執行中は、おとなしく手を組んでいた。そして、何度かくり返される祈りで、こっちが教えてもいないのに、「アーメン」と声を発した。すごいもんだなと思った。

それが昨夜の話。今夜、お見舞いに行った弟によると、親父は「おれ、クリスチャンになったらしい」とイタズラっぽく十字を胸の前で切って、笑っていたらしい。
生きている間に、いろいろできることはやっておくもんだな、と思った。

洗礼をさずけてくださった牧師は、そんなひょんな縁から突然お願いしたのにも関わらず、その後、今日も病床訪問してくださっている。本当にありがたいことだと思う。

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死にたくない

昨夜、親父が病室のベッドから落ちて動けなくなったのを看護師に助けられたらしいが、暴れるので鎮静剤で眠らされてしまった。なんでも、ベッドに戻されながら、「死のうと思ったんや」と言っていたらしい。いっそのこと死のうと思って、ベッドから外に出たのはいいが、癌の痛みと体の衰弱で、動けなくなったらしい。
それから今日にかけて、何度もベッドで暴れている。自分の死が受け入れられないのだろうと思う。死んで楽になりたいという思いと、死にたくないという思いの間で、のたうちまわっているのではないか。
誰だって死にたくない。ぼくだって死にたくない。ぼくも弟も、死ぬのが怖くて、夜中に悲鳴をあげながら起き上がることがよくあった。親父の遺伝なのかもしれない。親父も死ぬのが怖くて怖くてたまらないんだと思う。
意識がはっきりしたままで死を迎えるのも、つらいことだ。

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