癌が憎い

飲み友達のY牧師が、癌で入院してしまった。明日が(あ、もう今日か)手術らしい。
私は自分の父を癌で奪われ、悪い想像はしたくないが、友人の入院もなにかくやしい。
癌が憎い。いろんな人々の命を奪ってゆく。

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またもや巨星墜つ

K教会のS牧師が亡くなられた。享年63歳。決して長生きとはいえない。しかし、最後の最後まで、主の御言葉を語り、実践した先生であった。
D大学神学部を出て牧師になった中堅以下の人間で、彼に一宿一飯の恩義をうけなかったやつはいないんじゃないか、と私の先輩がもらしていたが、まさにそういう面倒見のいい大先輩であった。キリスト者の共同体とは「食べる共同体」であるということを、実感を持って体感させてもらえた。
しかしここ数年は、会合の折に会うたびに、どんどん痩せて小さくなってゆかれ、身長も縮んでいるのではないかと思わされるくらいに衰弱されていた。
K教会での前夜式に参列させていただいたが、会堂の1階、2階、そして教会の外まで人があふれかえるほどの参列者であった。雨のなかの寒い前夜式だった。
またひとつの時代が終わってゆく気がした。大阪釜ケ崎のK牧師、歴史神学者のD教授、続けざまに大きな星が落ちてゆくのをみて、我々の世代がどう動いてゆくのか、思いをめぐらせる夜であった。また、こういう変化や出来事を喜んでいるであろうキリスト教界に属する人びともあるであろうことを思い、苦い気持ちを抱える夜であった。

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似てますか?

安倍晋三氏に似ているといわれた話をしましたが、それなら、実物の写真を見てもらえばいいじゃないか、と思いつきました。顔に自信があるわけではないので、これまで自分のサイトではほとんど顔は出してませんでした。先にコメントをくださったtsujigakuさんみたいに、自分のサイトに堂々と顔を出す自信はねぇ、ありませんでした。
が、まぁこれならいいかなと思う写真がありました。
5ヶ月前に、富田林の施設にクリスマスミニコンサートをしにいったときの帰りに、生徒さんたちといっしょにプリクラを撮ったときのものです。
これでも、似てますか? クリックすると、もう少し大きくなります。
あ、それから、ヒゲは2学期用のもので、いまの1学期はきれいに剃っています。20071223

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安倍晋三

今日、中1の授業に行ったら、生徒の誰かが、「先生、安倍晋三に似てる!」と叫んだ。すると、クラス全員が「ほんとだ、ほんとだ! 似てる似てる!」とバカ受け状態になった。

一緒に笑ったけど、実のところ、ぜんぜんうれしくなかった。

家に帰ってから安倍晋三氏のウェブサイトを見てみると、うーむ確かに写真によっては似てるかなぁと思えるものも……。こんなにオレの顔は肉がたるんで見えるような顔なのか……。

やっぱりうれしくない。かつては、トム・クルーズみたい、と言ってくれる人もいたのに(←実話だけど、いくらなんでもそれはないやろ、と本人は思っています。あまりにトム・クルーズさんに失礼です)。

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ついに挑戦! ドッグフード

以前、犬用のビスケットを間違えて食べてしまってから、何となくドッグフードには関心があった。ビスケットは、ちょっと味が薄いなと思っただけで、まあまあ食べることのできるものだった。では、ドッグフードはどうだろうか。
ドッグフードは、どうもあの独特のにおいが気になる。香ばしいのか、臭いのか、わかんないような、何かが煮詰まったようなにおい。それで、いままで抵抗があったのだけれど、今回、うちのわんこたちに食事を与えるさいに、自分でもちょっと味見してみようと思った。で、一粒だけ、カリ、ポリ……とかじってみたら。
こんなにまずいものだとは思わなかった。あの独特のにおいだけは強いのに、味をみたら、ほとんど何の味もしないようなバサバサの物質のかたまりだった。
吐くほどのことではないけれど、決しておいしいと言えない、というか程遠い。こんなにまずいものを、わんこたちは食わされてきたのか。文句も言わずに、おずおずとドッグフードをカリポリかじっているわんこたちに、心の底から同情した。これじゃあ人間の食べ物をほしがるのも無理はないと思った。
一体、犬の味覚と人間の味覚は、違うのだろうか? しかし、ドッグフードを作っている会社の研究者たちには、犬の味覚がわかるのだろうか? これはまずい。まずすぎる。犬がかわいそうだ。
でも、うちの犬は運動不足でカロリー摂取をおさえないといけないから、人間の食べているものはあげられない。毎日ほんの少しのドッグフードでがまんさせないといけないのである。
犬は文句を言わない。そこがえらい。うちの子どもたちよりえらい。

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位牌を預かってはみたものの……

父が住んでいたアパートの片付けに行った。大きな仏壇があるので、業者に頼んで引き取ってもらった。業者は、ふつうのタンスなら5千円、同じ大きさでも仏壇は3万円かかるという。それなりに供養して処分するのだという。だから、3万5千円払った。しかし、当日引取りに来た人間は、明るく「拝みのほうは済んでますよね?」と言う。拝みをこっちがやるのか、業者がやるのかも、現場の人間は把握してないのだ。要するに3万円だけとって、供養もせずに処分するのだろう、やれやれ……。

さて、仏壇を持っていったもらったのはいいが、手元に位牌が残ってしまった。さすがに、これは業者も処分するというわけにはいかないらしい。
しかし、自分はキリスト教徒だし、弟も引き取って拝む気もさらさらないみたいなので、持って行き場に困った。しかし、そうはいっても、そのまま粗ゴミに出してしまうのも、なんだか気が引ける。クリスチャンの信仰の立場から言えば、ただの板に過ぎないのだけど、故人がこういう方法で供養されることを望んでいっただろうから、故人の宗教を尊重しなくては、という気もする。お炊き上げという、まぁなんというか、焼却する方法もあって、キリスト教式でお炊き上げ式を自分でやれば安上がりかな、というような不謹慎な胸算用も含めて、ちょっと困ってしまった。
この問題を解決できれば、新しいQ&Aが書けるのですが……(笑)

とにかく、ぼくの家には、3つの位牌があります。風呂敷に包んで、部屋の隅に置いてあります。どなたか、いい知恵を授けてくださるとありがたいのですが……。20080428ihai

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お疲れがでませんように

父を天に送ってから、もはや2週間以上が経過した。
父が亡くなって、しばらくの間、職場などで「お疲れが出ませんように」と温かく声をかけてくれる人びと、世の中やさしい人が多いもんだなぁとうれしかった。
「お疲れ」というものが出るのかなと思っていたら、やはり出た。
2週間目の土曜日にガクンと体調が悪くなって、出張の予定も取り消し、寝込んでしまった(Kさんご負担をかけました。ごめんね。ありがとう)。
「お疲れが出ませんように」という言葉は、やはり的を得た知恵の言葉なんだなぁと思った。

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埋葬式

父は、死の3日前に病床洗礼を受けて、一応クリスチャンとなった。しかし、お墓は明石市にあるお寺にすでに建立していた。だから、本人としても、その墓に入るつもりだっただろうということで、そこに納骨することになった。
さて、お寺に納骨ということになると、ふつうは戒名がついて、お経をあげてもらって、ということになるのだが、埋骨される本人がクリスチャンになったということで、そこは免除してもらうことになった。じっさい戒名をつけてもらうだけで、何十万円というお金が飛んでいくと聞いていたので、正直ホッと胸をなでおろした。そして、埋葬式もキリスト教でやってもらってもかまわんよ、と住職が言ってくださった。
そして、キリスト教で埋葬式をするとなると牧師を呼ばないといけないね、という話になったのだが、今回は自分でやってみたいと思ったので、「私が牧師の資格を持っています」と申し出た。
本来なら、仏教式でいけば、しばらくはお骨を自宅に置いておいて、三十五日あるいは四十九日の法要を行ってから納骨ということになるし、キリスト教式でも1ヶ月後に追悼式を行うのがふつうらしい。ただ、いずれにしても親族の都合がつかない場合は、それより早くする場合もあるらしい。
実は、家族の都合がどうしてもつかなかったので、去る金曜日の午後に、富田家の墓がある墓地で、埋葬式を行った。かくして、曹洞宗のお寺でキリスト教式の埋葬式をやるという、ひょっとしたら珍しい経験をすることになった。
参列してくれた家族は、みな懸命に讃美歌を歌ってくれ、祈りにも「アーメン」と言葉を合わせてくれた。明るく晴れた昼下がり、骨壷はお墓になかに納められ、ぼくらは別れを告げた。

家族の都合で、ずいぶん早く埋葬することになったが、三十五日、四十九日という数字は、あながちあなどれないと感じた。本音を言うと、実はもっと長い間、お骨を自宅に置いておきたかったのだ。子どもたちも寂しがっていた。別れを告げるにしても、時間をかけて別れる必要が、心にはあるのではないかな、と思った。
しかし、まあ仕方がない。遺影の前に香をたいて、故人を偲ぶよりほかにない。

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香をたく

20080407incense
父のお骨を持って帰って来た。お骨の前で「お香をたきたい」と子どもたちが言う。
子どもたちは「わたしたちはキリスト教」という自覚を最近持つようになってきている。しかし、亡くなった人を思いながら香をたくことについては、「そういうもんだ」と思っている。というか、お香をたくことを楽しみにしているふしがある。
この場合、いかにも仏壇にそなえるような線香ではなくて、趣味の店に売っているような、いろんな種類のインセンスになるわけで、ぼくも、「そういうのもあってもいいんじゃないかな、それが子どもたちの素直な宗教観なら、それを認めてあげてもいいだろう」と思って、「じゃあ、お願いね」と子どもたちに任せた。
そういうわけで、お酒の好きだったおじいちゃんのお骨の前には、ビールが注がれ、そしてお香がたかれている。いろんな種類の香りを家族で楽しんでいる。
20080407incenseandbeer

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和洋折衷

ぼくはクリスチャン。弟は、洗礼を受けたことはあるが、今は信仰を失っている。彼は、仏教に帰依しているというわけではなく、仏式の弔いにもあまりコミットしたくなさそう。そういうわけで、今回の父の葬儀も、無宗教式にしようと話していた。
しかし、いったん病床洗礼を受けさせてしまうと、なんだかぼくも心が落ち着かず、弟には悪いが、結局独断でキリスト教式で送り出すことに急遽変更をしてしまった。
しかし、それでは、弔問に来た人たちが、勝手がわからず困るのではないだろうか、という話になって、一応、お焼香台も置くことにした。つまり、キリスト教式と仏式の折衷案である。これで、弟もぼくも満足した。
20080406crossandincense
そういうわけで、写真にもあるように、父の遺体には十字架の覆いがかけられており、頭上には焼香台も置いてある。これで、クリスチャンが来ても、仏式の人が来ても、対応できるようになったと思う。どちらかの宗教に統一して排他的にするのではなく、なるべく多くの人の宗旨を尊重するためにこうしたのである。

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父の帰天

父が死にました。72歳でした。
しかし、本人が言うのではなく、残された遺族であるぼくが言うのも変かもしれませんが、「完璧な死」、「パーフェクトな死に様」であったと思います。
ぼくにとってラッキーだったのは、亡くなる前夜から病室に泊り込んで父の世話をしながら、そのまま死ぬまでそばで看取ることができたことだと思います。

亡くなる前夜の段階では、喉の周囲にもガンがどんどん増殖して、声帯を殺してしまったようで、声が出なくなっていましたが、それでも、息だけで何とか言っていることは理解できましたし、コミュニケーションが取れました。
しかし、喉にできたガンのせいで、血痰がたくさん出ました。そこで、夜通し血痰を吐き出させ、それをふき取る作業に追われました。
朝がきて、血中酸素濃度がぐっと下がったので、鼻に入れた酸素のパイプから、酸素マスクに取り替えてもらった。その時点で、看護師さんから「もう自分で努力しないと呼吸できない状態になりました。ご家族に連絡を」と言われました。そこで、弟に連絡しました。

弟は会社に行きかけたその足で、病院に向かいましたが、朝の渋滞にまきこまれ、到着が遅くなりました。
「親父、あいつが来るまで、待っててくれよ!」と声をかけましたが、父は筆談で「早く死のう」と書きました。本当に苦しかったのだと思います。しかし、ぼくは「あかん、もう少し待ってくれ!」と父に頼みました。
長距離ランナーのように、必死に呼吸をキープしつづける父。弟はまだ到着しない。「遅い」、「何してるんや」と父は息だけで叫ぶ。「あと5分」と父は言います。後5分なら、呼吸する努力ができる。しかし、それ以上は無理だというのです。やがて「あと2分」と言います。「頼むから、待ってくれ!」
そして、やっと弟が病室に駆け込んできて、兄弟がそろいました。父はほっとしたように笑いました。それからは、兄弟二人で手を握ったり、体をさすったり、頭をなでたり、仲のよい時間を過ごすことができました。それから、だんだんと父の呼吸は力のないものになってゆきました。もう努力して呼吸しなくてもよい、と本人も思ったのでしょう、呼吸はどんどん弱くなっていきました。

やがて、病床洗礼を授けてくださった牧師からも携帯で連絡が入り、訪問してくださるとのこと。
牧師が到着すると、ぼくと牧師の二人で、父の魂が和らいで、赦されて神さまのもとに受け入れられるように、と祈りました。そうすると、見る見るうちに血中酸素濃度が下がってゆき、心拍の不整脈もひどくなりました。
もはや呼吸はほとんど停止していました。
主治医は「もし声が聞こえていたとしても、遠くでぼんやりと聞こえるような程度だと思います」と言ったので、ぼくも牧師も大きな声で呼びかけました。
やがて、心拍数が落ちてゆき、次第に間隔があくようになり、そして、十秒以上もの感覚を置いて、最後の鼓動が鳴り、心臓は停止しました。

意思の疎通ができていた段階から、最後の瞬間まで、看取ることができたのは、幸いなことだったと思います。
罪を多く犯した父でしたが、死に際は実に平安に満ちたものでした。
眠るように父は死んでいきました。

ぼくは、生きていた父の体が、亡骸に変わってゆく過程を、目の当たりにしたのですが、にもかかわらず、亡骸が自分の父であることを認めたくない気持ちになっていました。
心停止した瞬間、父の魂と心は、どこか別のところに行ったような気がしました。なぜなんでしょうか。理由があるわけではありません。自分でも意識しないうちにそういう死生観が身についているのでしょう。しかし、それが何に起源があるのかは、自分でもわかりません。

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幼児洗礼のような病床洗礼

癌が全身に転移して、余命いくばくもない親父。その親父は、さまざまな金融業者から金を借りまくり、友人からも親戚からも金を借りまくり、返済もめども立たないまま、この世から去ろうとしている。
多くの人に迷惑をかけ、多くの人を傷つけた。多くの人が親父に怒りを抱き、憎しみを抱いている。「このままでは、あの人、地獄に行くしかないで。天国行かれへんで。あんた牧師やったら何とかしたりや」と言う人がいた。
そこで考えた。娘3人に幼児洗礼を授けていただいたときには、「この娘たちが、もし小さい間に事故や病気で死んでしまったら、まっすぐ神さまのもとに行けないのではないだろうか。自分が死んだときあの世で再会できるだろうか」と、案外保守的なことを考えたものだった。そう考えて、本人たちがわけがわかってなかったときに、親の判断で幼児洗礼を受けることをお願いした。
今回、親父は確かに罪深い。天国というものがあるとしたら、たぶんそのまままっすぐには天国には行けないだろう。少なくとも、死ぬまでの間、不安であろう。まだ生きている間に、「イエスは罪人を招いているのですよ、あなたは赦されますよ」と告げることができたら、どんなにいいだろうか。

そう考えたぼくは、息子の判断で、親父に病床洗礼を授けてもらうことに決定した。親父は半分意識がボケていたり、半分しっかりしたりの、行ったりきたりだが、とにかく「親父が天国に行けるように、牧師さんに洗礼さずけてもらうからな」と言い聞かせて、本人の同意を取った。
牧師は病院に一番近い教会の、友人の牧師に来てももらって、お願いした。息子のぼくがやるより、他の牧師さんに来てもらうほうがありがたいではないか。
癌が脳にも転移して、半分意識がぼんやりしているような親父だったが、洗礼式の執行中は、おとなしく手を組んでいた。そして、何度かくり返される祈りで、こっちが教えてもいないのに、「アーメン」と声を発した。すごいもんだなと思った。

それが昨夜の話。今夜、お見舞いに行った弟によると、親父は「おれ、クリスチャンになったらしい」とイタズラっぽく十字を胸の前で切って、笑っていたらしい。
生きている間に、いろいろできることはやっておくもんだな、と思った。

洗礼をさずけてくださった牧師は、そんなひょんな縁から突然お願いしたのにも関わらず、その後、今日も病床訪問してくださっている。本当にありがたいことだと思う。

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死にたくない

昨夜、親父が病室のベッドから落ちて動けなくなったのを看護師に助けられたらしいが、暴れるので鎮静剤で眠らされてしまった。なんでも、ベッドに戻されながら、「死のうと思ったんや」と言っていたらしい。いっそのこと死のうと思って、ベッドから外に出たのはいいが、癌の痛みと体の衰弱で、動けなくなったらしい。
それから今日にかけて、何度もベッドで暴れている。自分の死が受け入れられないのだろうと思う。死んで楽になりたいという思いと、死にたくないという思いの間で、のたうちまわっているのではないか。
誰だって死にたくない。ぼくだって死にたくない。ぼくも弟も、死ぬのが怖くて、夜中に悲鳴をあげながら起き上がることがよくあった。親父の遺伝なのかもしれない。親父も死ぬのが怖くて怖くてたまらないんだと思う。
意識がはっきりしたままで死を迎えるのも、つらいことだ。

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緩和ケア

父の鼻に酸素の管が取り付けられた。血中酸素濃度が極端に下がってしまったからだという。血圧も下がってしまった。意識は混濁気味だが、「親父」と呼びかけると、目が正気に戻る。
「死なせてくれー。いっそのこと楽にしてくれー」と言う。「まだ、がんばったほうがええか。がんばらあかんのか」と言う。苦しくて仕方がないのだと言う。しかし、とても「楽にしてくれ」とは言えず、「がんばってや。がんばらんとあかんで」と、かえって本人を苦しめるようなことを言ってしまったのかもしれない。
「親父はいままで幸せやったか?」と聞いたら、「おまえがこうして来てくれるのが幸せや」と言ってくれた。「親父の息子でよかったと思ってるで」と、意識のあるうちに伝えることができた。「ありがとう。ありがとう」と言ってくれた。
今日、明日の命かも知れない。

緩和ケアというのは、痛みをコントロールするのだという。ぼくは、痛みのコントロールというのは、痛みをとったぶん、人にお礼を伝えたり、長い間謝ることができなかった人に謝罪をしたり、そういうことができるものだと思っていた。
今回、そういう予想は完全に甘かったのだと思い知らされた。
痛みを取るためには麻薬を使わないといけない。すると、こんどは意識が遠のいたり、極度に眠くなったりする。痛み止めを投与すればするほど、意識は混濁してゆく。だから、だんだんまともな会話もしにくくなっていくのだ。
そうして、会話もままならず、意識もぼんやりしたなかで、次第に癌の転移は進行し、たとえば脳の呼吸中枢にまで転移したら、呼吸がとまって酸欠死する。癌自体の痛みは取れても、呼吸の苦しさはどうにもならない。そして苦しんで、死ぬ。
親父の場合、いまはノドのリンパが腫瘍になって肥大しており、水を飲み込むこともできない。それでも口が渇くから、「一滴だけ、お茶をくれ」と言うそのとおりに、一滴だけお茶をぽたりと落としてあげた。
こうなるまで、1ヵ月半。こんなに命があっけなく散ってゆくのか、こんなにあっという間に、自分の言いたいことが伝えられなくなるのかと思うと、恐ろしい気持ちになる。

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父の入院 その後

父が入院して、1ヶ月以上がたつ。
癌の進行は、とんでもなく早く、リンパ節に転移しているので、リンパ管を通して全身に癌の種がばらまかれているような状態だと主治医は言う。
この1ヶ月で、父は見る見るやせて小さくなっていく。
痛み止めの麻薬を処方されているが、その投与量が増えてゆくごとに、幻覚を見たり、眠り込んだりする時間が増えてくる。だから、まともに話をする時間もどんどん減ってゆく。
安らかに死ぬには、これがいいのかも知れないが、寂しい。

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ビールを前に笑う犬

20080302beerdog
ぼくは犬にも感情があると思う。学校の授業で、よく生徒が「感情があるのは人間だけだ」とレポートに書いて出したりするのだけれど、犬にも立派に感情はある。
出かける時に置いていかれたら、寂しそうに悲痛な声をあげるし、留守番が終わって人間が帰ってきたら、はしゃぎまわって喜ぶ。おしっこをちゃんと決められた場所でするようにしつけると、「ほらね」と言いたげにやってみせる。
今回、笑う犬の撮影に成功した(と思いたい)。ビールが大好物の変な犬、トトロが、ビールを前に笑っているように見えるのだが、どうだろうか……?

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犬のとぐろ

20080302dogsround
こちら関西では、ずいぶん春めいた気候になってきました。しかし、朝晩はまだまだ冷えます。
わんこたちは、狭い洗濯カゴにもぐりこみ、たがいに身を寄せ合って暖を取っています。
2匹がぴったりうまくおさまります。

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閉店しました。

昨年の12月30日には、このブログで父の店を紹介しました。が、この2月29日づけで閉店してしまいました。
長い目で見れば、やはり阪神淡路大震災の影響なのかなと思います。震災後1年で店を再開したけれど、お客は去り、またカラオケスナックというものが流行る時代は終わり、経営難に陥りました。
そして、この2月には父は急遽入院ということになり、お店をやめる決心がついたようです。
せっかくみなさんに案内したのはいいけれど、紹介した2ヵ月後には閉店という、お粗末さまでした。
20080309rouge
店のボトルなどは借金のカタに、ぜーんぶ持って行かれたのですが、ただ1本だけ、ぼくがキープしていたブランデー(クルボアジェのルージュ)のボトルだけは返ってきました。これだけでもうれしいです。ゆっくり大事に飲みたいと思います。

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犬にワイン

うちの犬がビール好きなのは、前にもここで書いたと思う。
正確には、2匹いるうちの1匹が、やたらとビール好きで、置いてあるビアグラスを前足で引っ掛けて、バシャンと床に落とし、こぼれたビールをなめなめするほどビールが好きなのだ。
もう1匹は、そんなにビールは好きではないらしい。ところが、こちらが好きなのは赤ワインであることが判明した。
実は数日前に、ワインの入ったコップを持ったまま、階段でこけてしまったのだが、そのときこぼれたワインをなめ始めたのが、ビール好きの犬とは違うほうの犬。ビール好きの犬は見向きもしない。
これで、片方がビール好きで、もう片方はワイン好きだということがわかった。
いまでも、ワインの匂いが残っているフリースを、この犬はペロペロなめてくる。

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父の入院

父が癌で入院した。
助からないかもしれない。
遠くの病院だから、毎日顔を見に行くわけにはいかない。
しかし、一日一日が貴重に思える。
近くに住んでいる弟がいろいろがんばっている。
父が入院してから、弟といろいろ協力するようになった。父親の病気のおかげで、前より仲良くなった。怪我の功名だ。そういう意味では、父の病気に感謝。

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う○こ犬

約1週間の海外出張を終えて、家に帰ってみると、子どもたちの最初の話題が、「犬がお母さんの枕の上にう○こをして、お布団の上にお○っこをしたんやで!」だった。ふだんは犬の行動エリアを厳しく制限してあるのだが、どうやら、人間がうっかり扉を閉め忘れたときに、犬は非常線を突破したらしい。
枕のトッピングにう○こが乗っている様子を、ぜひ写真におさめてほしかったのに(そうしたらこのブログで紹介しようと思ったのに。ああ、でもそんな写真誰も見たくないかな)、と思ったが、妻はとてもそういう精神的余裕はなかったみたいだ。当たり前か……。

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ビール犬

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犬がビールを飲む話は、もう3回目だけど、やっぱり面白い。
夕食時にビールが出る日には、犬たちもじっとはしていられない。ていうか、ビールをほしがるのは2匹のうちの1匹だけだ。メスの1匹はビールの誘惑には乗らないが、もう1匹のオスはビールに目がない。ひざに這い上がってきては「くれ、くれ」とおねだりする。困った犬だ。
しかたないから、ビールの缶をなめさせる(やっぱり犬にごくごく飲ませるほど余裕ないから)。すると、一心不乱になめ続ける。
飼い主に似るとは言うけれど……。


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全問正解

教会学校に通っているわが娘たち。今日は、上の娘(小学4年生)が、マタイによる福音書のクイズで、19問全問正解だったらしい。
「敵を愛し」のあとに続くのは何か? 正解は「自分を迫害する者のために祈りなさい」。
「後にいる者が先になり」に続くのは何か? 正解は「先にいる者が後になる」。
「最も小さい者の一人にしたのは」に続くのは何か? 正解は「わたしにしてくれたことなのである」。
……こんな具合で全19問正解である。
ぼくが教えた記憶はない。勝手に聖書を自分で読んで、理解しているのである。子どもってのはすごいもんである。

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お誕生日

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大きなロウソクが4本と、小さなロウソクが3本灯りました。1月3日はぼくの誕生日です。
子どものころは、いつも正月のお祝いにまぎれて、バースデイケーキなんか用意してもらったこともありません。父親が友人たちを連れて来て、酒盛りだマージャンだ、とやっている間に、振り返ってみればひとつ歳をとっていました……なんて状態だったんですが、大人になって、自分の家庭を持って、子どもができてから、ちゃんと誕生祝いをしてもらえるようになりました。
子どもたちは誰の誕生日でも誕生日は大好き。だってケーキが食べられるから。パパの誕生日なんですが、自分たちのことのように喜んでいます。家族の人数が多いほど、ケーキを食べる回数が多いから、うれしいね。犬たちの誕生祝いにも、ケーキを用意しようかな。

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父の店

20071225monschele
年末に、父の店に飲みに行った。
父は神戸の三ノ宮に店を出して約40年になる。これといって特徴のない、ふつうのスナックだ。ウィスキーやブランデー片手にカラオケ歌い放題で4000円ポッキリ、とまぁこんな感じ。ぼくの父は、神戸の飲み屋のマスターなのだ。
40年といっても、1年ほど中断した時期があった。阪神淡路大震災だ。あの地震で全てを失ったかに見えた父は、一時期日雇い労働をしたこともあったが、長年の経営の信頼から、お金を貸してくれる人もいて、新しい店を再開することができた。
とはいえ、その借金を返せるかどうかもギリギリで、厳しい経営を迫られながら、なんとか青息吐息で店を続けている。
自分の父の店だから、ひいき目に見ているのかもしれないが、肩のこらない、気楽な店だ。マスターの父は、いつも機嫌良さそうにしてて、お客に気を遣わせない。いい店だと思う。だから、みんなこの店に来てくれたらな、と思う。
まぁあんまり言うと宣伝広告みたいになっちゃうけど、まあいいか。
藤原紀香が誰かと結婚した神戸の生田神社の門前から一本東に入った路地を、北に30メートルほど進むと、「ニューモンシェル」という看板が光ってる。そのビルの2階がお店です。
みなさん、神戸にお寄りの際は、どうぞ「ニューモンシェル」へ……。

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こんころ

毎年、CLS(同志社クリスマス・キャンドル・ライト・サーヴィス)の翌日には(例年12月23日)、富田林市にある大阪府立金剛コロニーに訪問し、クリスマス・ミニ・コンサートを行うことにしている。
もともと3年前に、同志社香里クワイアのメンバーが、妹の入所している金剛コロニーという施設に行って歌いたい、ということから始まった行事。もうそのメンバーは卒業して大学生になったけれど、このコンサートの時にはOGとして見に来てくれる。
われわれはこの金剛コロニーでのライブを「こんころ」プロジェクトとして、聖歌隊だけでなく、ボランティア部も合同で、歌だけでなく、ハンドベル・クワイアなども結成し、ホールの飾りつけも行なって、少しでも入所者のみなさんにクリスマス気分を味わってもらえたら、と思って取り組んでいる。今年もなんとか成功にこぎつけたと思う。
クワイア、ボランティア部のみんな、ごくろうさま。金剛コロニーの職員のみなさん、お騒がせしました。そして、たいへんお世話になりました。ありがとうございます。
20071223koncolo

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ストーブ犬

20071124dogsstove
我が家に今年もストーブの火がついた。うちのストーブは、灯油ファンヒーターで、温風がぶおーっと吹き出してくるやつである。これをつけると、まず犬たちが前に陣取って、座る。朝、起きぬけの子どもたちが「寒い、寒い!」とファンヒーターの前に群がっても、微動だにしようとしない。そして子どもたちが去ると、当たり前のように、自分の定位置のように、やはり陣取っている。
温風に耳をたなびかせながら、ふたりそろってきちんと並んでいる犬の姿には笑える。妙に行儀がいいじゃないかと思う。

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クリスマス・セレブレーション

20071212xmascerebration
12月12日(水)、「同志社香里クリスマス・セレブレーション2007」というイベントを学校の礼拝堂を会場に実施しました。
いくつものキリスト教学校で、クリスマスのシーズンには、いろんなページェントや演奏会などが催されるのですが、おそらくこの同志社香里のイベントは、それらの中でも最も世俗的なもののひとつだろうと思います。
キャンドル・サービスから始まって聖歌隊のクリスマス讃美から始まりますが、聖歌隊がゴスペルを歌うと、流れは一気に世俗化してゆき、吹奏楽部、マンドリン部、軽音楽部、そしてダンス部が、それぞれにパフォーマンスを行います。そして、最後はみんなでダンスを踊り、お約束のサンタの登場で、お菓子を子どもたちにプレゼントします。その後は、あたたかいおぜんざいを来場者全員にサービスします。
集まってくるのはほとんどが、幼稚園か小学校低学年くらいの子どもたち。地域の子どもたちが170名近く集まりました。声をかぎりに「サンタさーん!!」と叫ぶ迫力にこちらがたじたじとするほど。やっぱりサンタが登場すると最高潮に盛り上がります。
まぁ、教会学校がやっていることを、学校と言う単位で、地域の子どもたちを集めて、大掛かりにやっている、という感じです。こんなキリスト教学校のクリスマス・イベントがあってもいいと思いませんか?

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20年ぶり

12月8日(土)は、同志社京田辺クリスマス燭火礼拝で、説教者としてお仕事してきました。
ふと説教台の正面にある最前列に、見覚えのある顔が……。
最初の大学時代の同窓生でした。つまり20年ぶりの劇的再会だったのです。
一気に時間が逆戻りしたような感覚でした。こういう再会をしてみると、やっぱり「20年たってもちっとも変わってないなぁ」と感じるものなのですね。礼拝が終わってからチャペルのロビーで話したら、どうやらお互いにそう思っていたようです。
違っているのは、お子さん連れだったことくらいです。「ああ、この人も母になったんだなぁ」と感心しました。といっても、こっちもパパをやっているわけですが。
でも、大学卒業時にはふつうに就職していったのに、それから20年たって、ふと近所の大学のクリスマス礼拝に参加してみたら、そこで説教をしているのが、あいつだった、なんて……考えてみたらおかしいですよね。これでもいろいろあったんですよ、ぼくの人生も(笑)。

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帰天 2 「ありがとう」

金井牧師の帰天について、もう一言。
金井先生は、もう20年も前から遺言を書き留めておいたといわれるが、それを見せてもらった人はいるが、現物がどこにあるのかわからなくなっている。長い間闘病生活をされて、それがどこにあるのか、きちんと教えてもらった者はいないのだ。
生前、遺言を見せてもらった人たちの証言をまとめると、要するに、自分は今まで出会ってきたたくさんの人びとにただひたすらに「ありがとう」という内容だったという。
意識が混濁している状態で、人に世話をされるばかりの状態だったにもかかわらず、死に際になって急に懸命に言葉を発しようとされたようだ。
「あ……、あ……あああ!」と、何かを言おうとしている。それをじっと見ていた看護師さんも家族も、「これは『ありがとう』と言おうとしているんだ」と気づいたという。そして、息を引き取るとき、それまで必死に「ありがとう」と言おうとしていた顔がふーっと解放されて、「ありがとう」という表情を満面にたたえて、逝かれたという。
自分がどんな風に死ねるのかはわからないが、「ありがとう」をみんなに伝えて別れを告げることができたら、どんなにいいだろうと思う。

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帰天

若い魂が天に召されて、いいかげんしょげているところへ、もうひとつの巨星が落ちたことを知らされた。
西成教会牧師、「いこい食堂」主宰、金井愛明牧師が、天に召された。
大阪の日雇い労働者の町、釜ケ崎で、最初は一人の労働者として共に働き、同じ目線でものを見、やがて労働者の栄養補給と健康のために食堂を経営し、やがて炊き出しの拠点となっていった「いこい食堂」の主宰であった。
何度も脳内出血で入院しては、退院して現場に戻り、という繰り返しを見るうち、「この人は不死身ではないのか」と思わされたこともあったが、訃報を聞いてやはり人間であったのかという思いである。
私は、ちょうど「いこい食堂」で炊き出しのお手伝い中に、たくあんを喉につめて呼吸不全に陥り、救急車をあわてて呼び、死にかけた金井牧師のそばにいたことがある。たくあんのような薄くて表面積の大きいものを食わせるなと救急隊員にはひどく叱られたが(といってもみんな知らないうちに先生が口に入れていたんだから、どうしようもなかったのだが)、とにかく生きている金井先生を見て、「この人は不死身だ」と勝手に思い込んでいたようなところがある。
しかし、やはり来るべきときは来た。
いよいよ、いま、未だ生かされている者として、与えられた時間に何ができるか、どう働くのかをしかと考えつつ、生きなければならないのだ、と肝に命じなければならない。そう思った。

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前夜式

知り合って間もない友人が、一昨日天に召された。37歳の生涯。あまりにも早すぎる死。みんなが「これからだ」と活躍を期待していた若い魂が、天に呼び返されてしまった。
彼を慕う人は多く、昨夜の前夜式にも、式場の礼拝堂に入りきらないほどの人びとが集まった。そして、多くの者が涙した。「神さま、なぜこんなことが起こるのですか?! このことをどう受け止めればよいのですか」とだれもが問わざるをえない気持ちになったと思う。
まったく前触れもない脳内出血。人生には何が起こるかわからない。こういうことが人生には起こりうるのだという現実を、我々は目の前に叩きつけられた。人は自分の死に方も死に時も選べないと悟らされた。
いま死んでもいい、という整理をいつも自分の身の回りにつけておかなくてはいけないのだなと思い知らされた。残される家族のためにも。

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点灯式

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勤め先の学校で、クリスマス・ツリーの点灯式を行ないました。
アドヴェントにはまだ早いのですが(今年は12月2日から)、学校はクリスマスより前に終業式がやってきてしまうので、アドヴェントもクリスマスも、半月ほど前倒しのスケジュールにしているのです。
クワイア(聖歌隊)もこの日が晴れ舞台。思ったより大勢の生徒たちがぎっしり集まる中、緊張しながらも4曲ほどクリスマスの歌を合唱しました。この合唱への拍手がうれしかった。
またお祈りは先生ではなく、聖歌隊のなかから代表がお祈りをしたところ、みんなが「アーメン」と言ってくれました。ふだん先生が祈っても、だーれも何も言わないのにね。生徒のお祈りのほうがいいに決まってますね。
ツリーが点灯した瞬間は「ウォーッ!」と歓声がわきました。キリスト教の学校だからということで、特別にてっぺんの星を十字架型にしてくれた、特注のツリーです。
「これって普通の学校にはないよね~」と喜ぶ声も聞こえました。ツーショットで写真を撮るカップルまで現れ、「いいなぁ、二人で写りたいな~」ともらす声もちらほら。
そんなわけで、クリスマス・ツリーの点灯式は成功のうちに終わりました。

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大変遅くなりましたが、関東オフ会第3回報告

とんでもなく遅くなってしまいましたが、関東オフ会3回目を2007年10月21日に行ないましたことをご報告します。
夕方5時に渋谷のハチ公後ろに集合。ののかさん、とまさん、ズカさん、愚峰さん、そして牧師の5人が集まりました。
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今回の幹事はののかさんで、道玄坂のタイ料理店サワディに直行。スパイシーなタイ料理に舌鼓を打ちながら、あれこれ宗教四方山話で盛り上がりました。
なかでも、とまさんが持ってきた正教会の聖餐式のパンが見ものでした。(酔っていたのでよくおぼえてないけど)願い事を神父さんに告げるたびに、その願いをパン(といっても、カチンコチンに硬い)に傷を刻み付ける、というのがおもしろかったです。
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関東オフは牧師抜きで第2回のオフをやったので、今回が第3回目となります。すごいもんですね。インターネット教会だけでつながったいた人たちが、こうして実際に集まって何かをすることができているんですもんね。
感謝、感謝。

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文化祭~美女で野獣

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今日は勤め先の学校の文化祭でした。顧問をしている演劇部が『美女と野獣』を公演し、まずまずの成功をおさめました。
正直、春に、文化祭の演目を『美女と野獣』にします、と生徒たちから聞いたときは耳を疑いました。「マジで?」
ブロードウェイのミュージカルで、劇団四季も上演してて、それを見た生徒も何人もいて、それでも、やりたい。ぼくの頭の中では、「あのNASAの技術をも駆使したといわれる野獣から王子への変身は、どうやって表現するつもりなんだろう?」、「細身の女子ばかりの部員で、唯一の男子もまだ幼い中学2年生ときている。いったい誰が屈強な筋肉男ガストンを演じるんだぁ?」と不安が渦巻いていたのでした。
しかし、生徒たちはやってくれました。
ガストンの役柄を変えて、ナルシストで神経質な男に変更。野獣も高3最高学年の部長が扮し「美女で野獣」にしてしまいました。クローゼットや時計や燭台やカップという、ちょっと変わった衣装づくりにもチャレンジ、おまけにダンスや歌にも挑戦……と、何から何まで手づくりで、初めてのことにも果敢に取り組み、この世にひとつしかない同志社香里版の「美女と野獣」を作り上げたのでした。
なんとも、今日のビールはうまいものです。
まぁ、顧問のぼくは、実はなんら手を貸さなかったんですけどね。ぼくは合宿の会計をやったり、買出しの運転手をしたりしていただけです。生徒が自分の力で、自分のアイデアを形にする。ここがすばらしい(いるだけ顧問の言い訳かな(笑))。

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ある読者 part 4

オカンはどうやら毎週教会に通っているらしい。今日はバザーに行って来たと電話で言ってた。ただただ驚くばかりである。

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確実なる進行

確実なる「信仰」ではない。確実に、着実に「進行」している事実。それは、私の頭頂部の髪が年々薄くなっているという事実。それに気づいた身近な人たちが、遠慮会釈もなくそれを指摘する事実。
その代わりと言ってはなんであるが、ヒゲはますます濃くなっている。こっちのホルモンをあっちに分けてあげたいくらいだが、どうもそういうわけにはいかないらしい。
聖書には、「あなたは自分の髪を黒くも白くもできない」と書いてある。これに付け加えるならば、「あなたは自分の髪を薄くも濃くもできない」と言いたい。

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教え子の結婚式

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10月13日の土曜日、教え子が結婚した。大阪市内の豪華なホテルで豪華な結婚式だった。教え子は新郎なのだが、最初から最後までニヤケっぱなしだった。司式はホテルでやとわれた牧師ではなくて、教え子の大学での恩師である某大学神学部の教授(外国人)だったので、式の進行を見ていてなかなかおもしろかった。
実はこのカップルは同じ教授の司式で、すでに8月にスイスで式をあげていたのだそうだ。教授の母国がスイスで、夏休みにそこでアレンジしてもらったらしい。今回の大阪での式では、「神さまへの誓約はすでに行なっているので、今日は人の前での誓約をしていただきます」という運びとなった。なるほどな、と思った。そこでは神に対する約束が形骸化していないと感じさせるものだった。
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それにしても、花嫁が投げるベールを新婦の友人が受け取ったり、披露宴では職場の同僚達がスライドを使ってメッセージを送ったり(披露宴の会場でもパワーポイントが当たり前なのだ)、若い人たちが幸せそうにしているのを見るのは、うれしいものだなぁと思った。
実は、職場に戻らなくてはならない仕事があり、お酒も飲んでいないし、メインディッシュに手もつけないまま、披露宴を中座した。残念だったけれども、気持ちは満たされた結婚式でした。

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赤字

毎月の家計が赤字だという。原因となっているのが、ビールの飲み過ぎらしい。それも、プレミアム・ビールばかり飲んでいるから、家計に打撃を与えているらしい。妻はエビスが普通のビールだと思っているし、ぼくはエビス・ザ・ホップばかり飲んでいるから、どうも感覚が普通じゃなくなっているんだろう。とにかく財布にストップをかけられそうである。今後は発泡酒をいろいろ飲み比べてみるのもいいかも知れない。無理かな……。

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社会参加活動2

そういえば、先週木曜日の「社会参加活動」で、やっている間に考えたことを書くのを忘れていた。
おばあちゃんやおじいちゃんと接していて思い出すのは、自分の親や祖父母のことだ。両親ともそれぞれの父親はもう亡くなってしまったけれど、母親たちはまだ生きている。認知症を発症して、介護施設に入っている。でも、あんまりマメに両親がその親たちのところに通っているという雰囲気ではない。
その親たちが、今度は介護が必要な状況になったら、どうなるのだろう? いろんな思い出もあるが、それがだんだんと記憶から失われていくのかな。今は2ヶ月に一度程度母親に手紙を書いているくらいだけど、いつまでもそういうことも続けられないのかな。
そして、自分が年寄りになったときには、どんな風になるのだろう。性格も変わってしまうのかな。頭も体も今のように動かなくなることを受け入れないといけないんだろうな。
「ありがたいことですなぁ。なんも言うことおまへんなぁ」ばかり何度も言っているおばあちゃんがいた。こんな年のとり方がいいのかな、とか、とりとめもなく考えていた。

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社会参加活動

実は、先週の木曜日、「社会参加活動」なるものを経験してきました。
運転免許の違反点数がついに6点に達してしまったので、違反者講習に行かなければならなかったのですが、コースを2種類選べるようになっていました。ひとつは教習所における実車講習、もうひとつが「社会参加活動」講習。そして、この「社会参加活動」コースのほうが、料金が5000円ほど安いのですね。そこで、好奇心も手伝って、こちらのほうを選択してみたのです。
交通安全委員会に電話して問い合わせてみると、要するに、老人ホームなどの福祉施設で掃除でもやれ、ということだそうな。なんだか、宿題を忘れた生徒が罰として教室の掃除をさせられるみたいな発想だなぁと思いつつ、自宅のもよりのデイサービスセンターに行くことになりました。
最初は「掃除程度なら」と思っていましたら、朝から続々やってくるお年寄りの方々に「お茶を出してください」「コミュニケーションをとってあげてください」と次々に指示をされ、「おじいちゃんもお元気そうでんな」と声をかけたりして話し相手になったりすることも求められました。
職員の方といっしょに手拍子とって歌を歌ったり、座ったままでできる体操をいっしょにやったり、お風呂からあがってきたおばあちゃんたちの髪をドライヤーで乾かしてあげたり……普段接している中高生たちとはおよそ対照的なみなさんとひと時を過ごすことになったのでした。
不慣れで迷惑ばかりかけていたと思いますが、いい経験になりました。また来てもいいかな(違反講習でじゃなくて)と思いました。職員さんはもっともっと大変なんだろうね。感謝。

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ハゲメタ

ヘビメタではない。いまどきの中学生たちが、「うちのオヤジはハゲメタなんですよ~」と言う。ハゲでメタボリックという意味なんだそうだ。かく言う私も、だんだんハゲメタ化してきつつことは否めない。メタのほうはビールや満腹まで食べるのをひかえればなんとかなりそうだが(この風邪熱の3日間で3キロやせました)、ハゲのほうはいかんともしがたい。
3日ほど前、遊びに来てくれた卒業生が、「それにしても、先生また一段と薄くなりましたねぇ」とつぶやいたのにはまいった。だって君が卒業してから、まだたった半年じゃないか。
今日は娘たちと風呂に入ったけれど、娘たちも、「あっ! このへん、毛がないよぉ」と指摘。
どうしようもない。聖書には、「あなたがたは自分の髪を白くも黒くもできない」という話があったが、まさに「わたしは髪を抜けさせたり生やしたりすることはできない」。つらい話である。どうせなら白髪だらけの真っ白のほうがよかった。でも選べない。上から私の頭を見ないで欲しい。

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熱が下がりました

3日目にしてやっと熱が下がりました。よろよろと起き出してパソコンのキーなどを叩いておりますが、まだ本調子ではないようです。いろいろやることがたまっているんですけどねー。今年から来年にかけて、忙しくなりそうなのです、いつものクリスマスにも増して。先々の不安をわざわざ引き寄せることもないんですが、そろそろお尻に火がつくかな、という予感がします。
この発熱中、肝臓もお休みにしようかなと思ってはみましたが、やはり誘惑には勝てず、結局毎日ビールだけは1杯いただいてました。熱を出した体にビールの清涼感がなんとも心地よかったです。

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久しぶりに風邪をひく

3人の娘たちが順番に熱を出していって、3人目が治りかけると同時に、ぼくが熱を出してしまいました。ぼくは免疫力があるから大丈夫だろうという根拠のない思い込みで、娘たちに接していたら、こうなってしまいました。朝から頭が重くて痛くてふらふらです。仕事も休みました。明日もたぶん出勤できないでしょう。今日も、このカキコミが終わったら寝ます。みなさまお休みなさい。

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飼い犬にキ○○マを噛まれる。

床に新聞をひろげて、しゃがみこんで読んでいたら、犬たちが寄ってきて「遊んでくれ、遊んでくれ」とちょっかいを出してくる。顔や頭や耳をなめようと飛びかかってくるので、なかなかゆっくり新聞が読めない。
そのうち、ワンコたちは足などを甘噛みし始める。足の親指などを、軽く噛むのだ。遊んで欲しくてたまらないらしい。
無視して新聞を読み続けていたら、大事なところを噛まれてしまった。「おおっ!」と声を上げてしまった。
確かに家の中のことでラフな恰好をしていた。犬にしてみれば、じゃれついたついでに軽く噛んだのだろうが、こちら人間にとっては急所である。少し痛かった。

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ある読者 part 3

オカンはついに今日、ある教会を自らたずねてドアホンを押したらしい。女性の牧師で、ていねいに対応してもらえたそうで、喜んでいた。今度は本当に、日曜日の礼拝に出席するのだろうか。自分が贈った本がきっかけといいながらも、「ほんまかいな」と驚いているのです、正直なところ。

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パパのにおい

まだ小学生低学年の娘たちは、「パパのあとにお風呂に入ると、パパのにおいがする~」と喜んでいる。
そんなこと言われると、「ヤバイ! 加齢臭か?」と思ってしまうのだが、子どもたちはいやがる様子もなく、「パパのにおい~」と喜んでいる。
時々、人がパソコンで仕事をしていると、後ろからぼくの背中に顔をくっつけてスーハースーハーにおいをかいでいる。「くさい?」と聞くと、ニヤニヤ笑って「パパのにおい」と言う。
ありがたいことだなぁ。この娘たちが、いつかは「パパ、くさーい!」といってぼくを避けるようになるのだろうか?

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ある読者 part 2

以前、ここで書いたオカンのことだが、ぼくの本『信じる気持ち はじめてのキリスト教』を読んで、「一度くらい教会に行ってみようかな、と思った」と言ってくれた話のつづき。
その後、本当にいちばん家に近い教会を見つけてきたそうです。なんという変化であろうか……。
いや、うれしいんですけど。著書が右派に何と言われようと、ぼくは、いままでキリスト教を知らなかった人に、教会の門をたたいてほしくて書いたんですから。
教会の門を入ったら、あとはその教会の牧師さんの世界ですけれどね。

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西日本献身キャンプ

西日本献身キャンプという行事にリーダーとして出かけてきました。今年で3回目になります。
西日本中のあちこちの教会から高校生や大学生たちが集まってきました。神学部に進学したい、牧師になりたいという思いをもって来た人も何人かいました。洗礼についての悩みをもっている人、出会いを求めている人、いろいろでした。
とても純粋な思いをもって、年中無休のしんどい仕事に希望を抱いている子どもたちに、牧師であるこちらがたじたじとなる場面もありました。
それと、「信仰とは青春そのものだなぁ」と思わされました。だんだん歳を取るにつれ、神さまのことも、人のことも、だんだんと素朴に信じることができなくなってゆく。しかし、神さまも人も「信じたい」という欲求が、人の心の根本にあることを、出会いが思い出させてくれる。そんなキャンプでした。
キャンパーたちの若々しい魂に触れて、ぼく自身が若さを取り戻すことができた、そんなキャンプでした。神さまに、みんなに、感謝。
(写真は、キャンプの最後に訪れ、閉会礼拝を行った、同志社大学神学部の礼拝堂)20070810divchapel

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光明園家族教会の夏

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今日は、岡山県瀬戸内市にある邑久光明園内にある、光明園家族教会の礼拝に参加してきました。一昨年までは学校の生徒といっしょに訪問していたのですが、昨年から同行してくれる生徒もいなくなり、ひとりで訪問しています。ぼくにとっては特別な場所なので。若い頃に信仰を養った、ひとつの源流があるのが、ここ家族教会だと思っています。
畳敷きの会堂に腰を下ろすと、なんとも言えず、落ち着いた気持ちになります。そして、この教会に集まる人びとの、心のこもった祈りの言葉、その言葉の一節ごとに発せられる「アーメン」の声が、ぼくを若い日に引き戻してくれます。
今日は、福音歌手の森祐理さんが立証し、歌を披露してくれました。数年前に勤め先の学校にも来てくれたことがあって、思いがけない再会となりました。あちらもぼくのことを覚えてくれておられたようで、うれしかったです。
信仰の内容的にはおよそかけ離れているようにほかの人には見えるでしょうが、ぼくはこの人の証と歌は、素直で誠実な強さがあるような気がして、けっこう好きなのです。

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関西オフ会

2007年7月20日、三十番地キリスト教会の関西オフ会(第2回)を京都で行いました。今回集まったのは6名、ラム太郎さん、ななさん、mmさん、ぢょおうさま、トマスさん、そして牧師でした。
ラム太郎さん、ななさん、トマスさんは一足先にサントリー京都ビール工場を見学、そこで軽く1-2杯いただいた後、6時から京都の銀座ライオンでの宴会に、あとの3人がかけつけた、という運びでした。
どうしても翌朝早い人や帰りが間に合わない遠方の人は先にお帰りになったのですが、11時近くまで宴は盛り上がって2次会にもつれこみ、一人は京都に宿泊となりました。
この場で、「ぜひこれは神学部の先生に質問しよう」と決めたことがあったはずなのですが、どうも思い出せません。他の参加者の方、もしご記憶でしたら教えてください。
明日、22日は関東オフ会の予定ですね。ぼくは行けませんが、どうぞどんな様子だったか、また教えてくださいね。20070720offkai01

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ある読者

母と電話で話した。『信じる気持ち はじめてのキリスト教』を送っておいたのだ。あっという間に読めたらしい。押し付けがましくなくて、とてもわかりやすくて、よく理解できたような気がする、とのことだった。こんなキリスト教なら、教会に一度行ってみようかしらと思えるとのこと。
ぼくが高校時代、洗礼を受けると言ったら、お前はうちのお墓に入らないのかと泣いた母が、である。
うれしかった。

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卒業生

この3月に卒業して、国際基督教大学(ICU)に入学して3ヶ月たつ教え子が、突然職場を訪ねてきてくれた。とてもうれしかった。話したいことがいっぱいある感じだったけど、とにかくICUの教育が彼女には合っているようだった。
少人数の学生を、手厚くクリスチャンの教員たちが包んで、きめ細かくていねいに指導してゆく。クリスチャン・ウィークという行事には、教員の家に学生が招待されて、パーティをしたりしている。
少数精鋭の学生に目が行き届く環境で、教育が行われているという面は、以前に見学したアーモスト・カレッジと似たところがあるな、と感じた。どんなに有名な大学でも、マンモス教育で教授が学生ひとりひとりの顔も名前もつながらない、というようなところにはない、いい環境があるようだ。
若く、エネルギーに満ちていて、今やっていることも手一杯だけど、まだまだやりたいことがいっぱいで