またもや巨星墜つ

K教会のS牧師が亡くなられた。享年63歳。決して長生きとはいえない。しかし、最後の最後まで、主の御言葉を語り、実践した先生であった。
D大学神学部を出て牧師になった中堅以下の人間で、彼に一宿一飯の恩義をうけなかったやつはいないんじゃないか、と私の先輩がもらしていたが、まさにそういう面倒見のいい大先輩であった。キリスト者の共同体とは「食べる共同体」であるということを、実感を持って体感させてもらえた。
しかしここ数年は、会合の折に会うたびに、どんどん痩せて小さくなってゆかれ、身長も縮んでいるのではないかと思わされるくらいに衰弱されていた。
K教会での前夜式に参列させていただいたが、会堂の1階、2階、そして教会の外まで人があふれかえるほどの参列者であった。雨のなかの寒い前夜式だった。
またひとつの時代が終わってゆく気がした。大阪釜ケ崎のK牧師、歴史神学者のD教授、続けざまに大きな星が落ちてゆくのをみて、我々の世代がどう動いてゆくのか、思いをめぐらせる夜であった。また、こういう変化や出来事を喜んでいるであろうキリスト教界に属する人びともあるであろうことを思い、苦い気持ちを抱える夜であった。

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位牌を預かってはみたものの……

父が住んでいたアパートの片付けに行った。大きな仏壇があるので、業者に頼んで引き取ってもらった。業者は、ふつうのタンスなら5千円、同じ大きさでも仏壇は3万円かかるという。それなりに供養して処分するのだという。だから、3万5千円払った。しかし、当日引取りに来た人間は、明るく「拝みのほうは済んでますよね?」と言う。拝みをこっちがやるのか、業者がやるのかも、現場の人間は把握してないのだ。要するに3万円だけとって、供養もせずに処分するのだろう、やれやれ……。

さて、仏壇を持っていったもらったのはいいが、手元に位牌が残ってしまった。さすがに、これは業者も処分するというわけにはいかないらしい。
しかし、自分はキリスト教徒だし、弟も引き取って拝む気もさらさらないみたいなので、持って行き場に困った。しかし、そうはいっても、そのまま粗ゴミに出してしまうのも、なんだか気が引ける。クリスチャンの信仰の立場から言えば、ただの板に過ぎないのだけど、故人がこういう方法で供養されることを望んでいっただろうから、故人の宗教を尊重しなくては、という気もする。お炊き上げという、まぁなんというか、焼却する方法もあって、キリスト教式でお炊き上げ式を自分でやれば安上がりかな、というような不謹慎な胸算用も含めて、ちょっと困ってしまった。
この問題を解決できれば、新しいQ&Aが書けるのですが……(笑)

とにかく、ぼくの家には、3つの位牌があります。風呂敷に包んで、部屋の隅に置いてあります。どなたか、いい知恵を授けてくださるとありがたいのですが……。20080428ihai

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お疲れがでませんように

父を天に送ってから、もはや2週間以上が経過した。
父が亡くなって、しばらくの間、職場などで「お疲れが出ませんように」と温かく声をかけてくれる人びと、世の中やさしい人が多いもんだなぁとうれしかった。
「お疲れ」というものが出るのかなと思っていたら、やはり出た。
2週間目の土曜日にガクンと体調が悪くなって、出張の予定も取り消し、寝込んでしまった(Kさんご負担をかけました。ごめんね。ありがとう)。
「お疲れが出ませんように」という言葉は、やはり的を得た知恵の言葉なんだなぁと思った。

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父の帰天

父が死にました。72歳でした。
しかし、本人が言うのではなく、残された遺族であるぼくが言うのも変かもしれませんが、「完璧な死」、「パーフェクトな死に様」であったと思います。
ぼくにとってラッキーだったのは、亡くなる前夜から病室に泊り込んで父の世話をしながら、そのまま死ぬまでそばで看取ることができたことだと思います。

亡くなる前夜の段階では、喉の周囲にもガンがどんどん増殖して、声帯を殺してしまったようで、声が出なくなっていましたが、それでも、息だけで何とか言っていることは理解できましたし、コミュニケーションが取れました。
しかし、喉にできたガンのせいで、血痰がたくさん出ました。そこで、夜通し血痰を吐き出させ、それをふき取る作業に追われました。
朝がきて、血中酸素濃度がぐっと下がったので、鼻に入れた酸素のパイプから、酸素マスクに取り替えてもらった。その時点で、看護師さんから「もう自分で努力しないと呼吸できない状態になりました。ご家族に連絡を」と言われました。そこで、弟に連絡しました。

弟は会社に行きかけたその足で、病院に向かいましたが、朝の渋滞にまきこまれ、到着が遅くなりました。
「親父、あいつが来るまで、待っててくれよ!」と声をかけましたが、父は筆談で「早く死のう」と書きました。本当に苦しかったのだと思います。しかし、ぼくは「あかん、もう少し待ってくれ!」と父に頼みました。
長距離ランナーのように、必死に呼吸をキープしつづける父。弟はまだ到着しない。「遅い」、「何してるんや」と父は息だけで叫ぶ。「あと5分」と父は言います。後5分なら、呼吸する努力ができる。しかし、それ以上は無理だというのです。やがて「あと2分」と言います。「頼むから、待ってくれ!」
そして、やっと弟が病室に駆け込んできて、兄弟がそろいました。父はほっとしたように笑いました。それからは、兄弟二人で手を握ったり、体をさすったり、頭をなでたり、仲のよい時間を過ごすことができました。それから、だんだんと父の呼吸は力のないものになってゆきました。もう努力して呼吸しなくてもよい、と本人も思ったのでしょう、呼吸はどんどん弱くなっていきました。

やがて、病床洗礼を授けてくださった牧師からも携帯で連絡が入り、訪問してくださるとのこと。
牧師が到着すると、ぼくと牧師の二人で、父の魂が和らいで、赦されて神さまのもとに受け入れられるように、と祈りました。そうすると、見る見るうちに血中酸素濃度が下がってゆき、心拍の不整脈もひどくなりました。
もはや呼吸はほとんど停止していました。
主治医は「もし声が聞こえていたとしても、遠くでぼんやりと聞こえるような程度だと思います」と言ったので、ぼくも牧師も大きな声で呼びかけました。
やがて、心拍数が落ちてゆき、次第に間隔があくようになり、そして、十秒以上もの感覚を置いて、最後の鼓動が鳴り、心臓は停止しました。

意思の疎通ができていた段階から、最後の瞬間まで、看取ることができたのは、幸いなことだったと思います。
罪を多く犯した父でしたが、死に際は実に平安に満ちたものでした。
眠るように父は死んでいきました。

ぼくは、生きていた父の体が、亡骸に変わってゆく過程を、目の当たりにしたのですが、にもかかわらず、亡骸が自分の父であることを認めたくない気持ちになっていました。
心停止した瞬間、父の魂と心は、どこか別のところに行ったような気がしました。なぜなんでしょうか。理由があるわけではありません。自分でも意識しないうちにそういう死生観が身についているのでしょう。しかし、それが何に起源があるのかは、自分でもわかりません。

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幼児洗礼のような病床洗礼

癌が全身に転移して、余命いくばくもない親父。その親父は、さまざまな金融業者から金を借りまくり、友人からも親戚からも金を借りまくり、返済もめども立たないまま、この世から去ろうとしている。
多くの人に迷惑をかけ、多くの人を傷つけた。多くの人が親父に怒りを抱き、憎しみを抱いている。「このままでは、あの人、地獄に行くしかないで。天国行かれへんで。あんた牧師やったら何とかしたりや」と言う人がいた。
そこで考えた。娘3人に幼児洗礼を授けていただいたときには、「この娘たちが、もし小さい間に事故や病気で死んでしまったら、まっすぐ神さまのもとに行けないのではないだろうか。自分が死んだときあの世で再会できるだろうか」と、案外保守的なことを考えたものだった。そう考えて、本人たちがわけがわかってなかったときに、親の判断で幼児洗礼を受けることをお願いした。
今回、親父は確かに罪深い。天国というものがあるとしたら、たぶんそのまままっすぐには天国には行けないだろう。少なくとも、死ぬまでの間、不安であろう。まだ生きている間に、「イエスは罪人を招いているのですよ、あなたは赦されますよ」と告げることができたら、どんなにいいだろうか。

そう考えたぼくは、息子の判断で、親父に病床洗礼を授けてもらうことに決定した。親父は半分意識がボケていたり、半分しっかりしたりの、行ったりきたりだが、とにかく「親父が天国に行けるように、牧師さんに洗礼さずけてもらうからな」と言い聞かせて、本人の同意を取った。
牧師は病院に一番近い教会の、友人の牧師に来てももらって、お願いした。息子のぼくがやるより、他の牧師さんに来てもらうほうがありがたいではないか。
癌が脳にも転移して、半分意識がぼんやりしているような親父だったが、洗礼式の執行中は、おとなしく手を組んでいた。そして、何度かくり返される祈りで、こっちが教えてもいないのに、「アーメン」と声を発した。すごいもんだなと思った。

それが昨夜の話。今夜、お見舞いに行った弟によると、親父は「おれ、クリスチャンになったらしい」とイタズラっぽく十字を胸の前で切って、笑っていたらしい。
生きている間に、いろいろできることはやっておくもんだな、と思った。

洗礼をさずけてくださった牧師は、そんなひょんな縁から突然お願いしたのにも関わらず、その後、今日も病床訪問してくださっている。本当にありがたいことだと思う。

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死にたくない

昨夜、親父が病室のベッドから落ちて動けなくなったのを看護師に助けられたらしいが、暴れるので鎮静剤で眠らされてしまった。なんでも、ベッドに戻されながら、「死のうと思ったんや」と言っていたらしい。いっそのこと死のうと思って、ベッドから外に出たのはいいが、癌の痛みと体の衰弱で、動けなくなったらしい。
それから今日にかけて、何度もベッドで暴れている。自分の死が受け入れられないのだろうと思う。死んで楽になりたいという思いと、死にたくないという思いの間で、のたうちまわっているのではないか。
誰だって死にたくない。ぼくだって死にたくない。ぼくも弟も、死ぬのが怖くて、夜中に悲鳴をあげながら起き上がることがよくあった。親父の遺伝なのかもしれない。親父も死ぬのが怖くて怖くてたまらないんだと思う。
意識がはっきりしたままで死を迎えるのも、つらいことだ。

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緩和ケア

父の鼻に酸素の管が取り付けられた。血中酸素濃度が極端に下がってしまったからだという。血圧も下がってしまった。意識は混濁気味だが、「親父」と呼びかけると、目が正気に戻る。
「死なせてくれー。いっそのこと楽にしてくれー」と言う。「まだ、がんばったほうがええか。がんばらあかんのか」と言う。苦しくて仕方がないのだと言う。しかし、とても「楽にしてくれ」とは言えず、「がんばってや。がんばらんとあかんで」と、かえって本人を苦しめるようなことを言ってしまったのかもしれない。
「親父はいままで幸せやったか?」と聞いたら、「おまえがこうして来てくれるのが幸せや」と言ってくれた。「親父の息子でよかったと思ってるで」と、意識のあるうちに伝えることができた。「ありがとう。ありがとう」と言ってくれた。
今日、明日の命かも知れない。

緩和ケアというのは、痛みをコントロールするのだという。ぼくは、痛みのコントロールというのは、痛みをとったぶん、人にお礼を伝えたり、長い間謝ることができなかった人に謝罪をしたり、そういうことができるものだと思っていた。
今回、そういう予想は完全に甘かったのだと思い知らされた。
痛みを取るためには麻薬を使わないといけない。すると、こんどは意識が遠のいたり、極度に眠くなったりする。痛み止めを投与すればするほど、意識は混濁してゆく。だから、だんだんまともな会話もしにくくなっていくのだ。
そうして、会話もままならず、意識もぼんやりしたなかで、次第に癌の転移は進行し、たとえば脳の呼吸中枢にまで転移したら、呼吸がとまって酸欠死する。癌自体の痛みは取れても、呼吸の苦しさはどうにもならない。そして苦しんで、死ぬ。
親父の場合、いまはノドのリンパが腫瘍になって肥大しており、水を飲み込むこともできない。それでも口が渇くから、「一滴だけ、お茶をくれ」と言うそのとおりに、一滴だけお茶をぽたりと落としてあげた。
こうなるまで、1ヵ月半。こんなに命があっけなく散ってゆくのか、こんなにあっという間に、自分の言いたいことが伝えられなくなるのかと思うと、恐ろしい気持ちになる。

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父の入院 その後

父が入院して、1ヶ月以上がたつ。
癌の進行は、とんでもなく早く、リンパ節に転移しているので、リンパ管を通して全身に癌の種がばらまかれているような状態だと主治医は言う。
この1ヶ月で、父は見る見るやせて小さくなっていく。
痛み止めの麻薬を処方されているが、その投与量が増えてゆくごとに、幻覚を見たり、眠り込んだりする時間が増えてくる。だから、まともに話をする時間もどんどん減ってゆく。
安らかに死ぬには、これがいいのかも知れないが、寂しい。

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車とぼくの関係

ぼくの車は、ホ○ダのフ○○トです。日本で一番売れているコンパクトカーだと弟が言っていました。乗り始めて5年、80000キロは超えているのですが、そろそろガタが出てきました。
ちょっとスピードを上げると、ダッシュボードや内装のプラスチックが「ぶーん」と震動しますし、車軸から聞こえてくるノイズがうるさくって、車内で話もしにくいほどですし、道が悪いと車体がギシギシいいます。
最近は、ちょっと遠乗りすると、なんだかギアというか歯車がガリガリガリッ!という音が聞こえて、回転数が落ちたりするような症状まで出始めたのです。さすがにこれは修理に出さないといけないなと思いました。
思えば、これまで何度も何度も修理に出しました。左のサイドミラーがもげたことが2回、右が1回。左のエアロパーツがもげたことも1回。要は運転が下手なのですな。カワイソウな車。
しかし、車というのは、人間のようだなと思ったりもします。
長年使っているうちに、あちこちだんだんガタが出てくるというのは、人間の歳のとり方と似ている、と言ったのは神話学者の故ジョーゼフ・キャンベル博士でした。自分の体も40過ぎて、あちこちガタが出てきている。車と同じだなぁ、と思うと、愛車がますますかわいらしく見えてきます。
まぁしかし、ガリガリガリッ!はさすがにヤバイので、近日中に修理に行きます。

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ユニクロの袋

ぼくは普段着はだいたいユニクロで買ったものを着ている。スーツで出るとき以外は、だいたい上着もセーターもパンツも靴下も下着も、たいていは上から下までユニクロ。手ごろな値段だし、シンプルなデザインが好きだし、カラーもいろいろあって選びやすい。といっても、今までたいていグレーかブラックかネイビーぐらいしか買ってこなかったけれども。
そんなわけで、ユニクロが好きなんだけど、ひとつだけ気に入らないことがある。それは、買い物を入れてくれる、袋だ。分厚すぎる。ごつすぎる。
最近、石油の高騰の問題がよく報道されるようになってから特にそうなんだけど、ビニール製のもの、合成樹脂っぽいものを見ると、「あ、石油だ」と思うようになってしまった。日本の包装材は特にそうなんだと思うけれども、石油由来の材料に依存しすぎている。
飛行機に乗っても、「ああ、こんなにすごい勢いでジェット燃料をたいているんだなぁ」とか、車を運転してても、「こんなにガソリンたいてる。いかんなぁ」と思うし、ビニール製品を見るたびに「これも石油だなぁ、あれも石油だなぁ」と感じるようになってしまっている。
そんな感覚で見ていると、ユニクロの袋は、立派に作りすぎている。分厚くて、ゴワゴワで、買った服を持って帰ったあと、他の用途にも転用しにくい。あれはもったいないと思う。
どなたか、ユニクロ関係者の方、ぼくに納得のいくコメントをくれたらうれしいです。よろしくお願いいたします。

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日本人の罪意識

勤め先の学校で、「お祈り」の仕方を指導することがある。「お祈りのパターン」というプリントを配っているのだが、そこに、お祈りの3要素として「悔い改め」「感謝」「願い」をあげており、それぞれの具体的な内容については生徒ひとりひとりが自分で考えてみよう、という風にしている。
ここで多くの生徒がつまずくのが、「悔い改め」だ。何を悔いたらいいのか、何を反省したらいいのか、わからないというのである。自分は何も悪いことをしていないのに、というわけだ。これに比べて、「感謝すべきこと」、「お願いしたいこと」というのは、すぐに思いつく人が多い。
祈りの3要素というのはうちの学校オリジナルなので、神学的に賛否はあるだろうが、それはともかくとして、子供たちに「悔い改め」という概念を根付かせることは困難だと思う。ルース・ベネディクトの有名な『菊と刀』では、日本人は罪の文化ではなく、恥の文化に生きているといわれているそうだが、まさに日本人の子どもたちに「神に対する罪」という概念を伝えるのは難しいと思う。
もちろん、罪意識を常に持つことが人間としてよいことかというと、そうとも言い切れないとは思うけれども。
欧米のキリスト教の歴史のなかで伝えられてきた「神に対する罪意識」の背後には、父権制の暴力が通奏低音のように流れており、その社会に生まれた人はみな幼い頃から体罰や心理的虐待を受けて、潜在的に罪意識を植え付けられるようにになったのではあるまいか。
そういう観点から見れば、過剰な、あるいは不当な罪意識を自分のなかに持っていない子どもというのは、実は意外と健全なのかもしれない、と思ったりもする。

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国歌

3月28日の夜に、NBAの試合を観戦した。ボストン・ノースバンク・ガーデンというスタジアムで、ボストン・セルティックスとオーランド・マジックのバスケット・ボールの試合を観た。
スタジアムの天上から大きな4面スクリーンが降りてきていて、選手たちのアップや、チアガールたちのダンスなんどを見せてくれる。時折、観客も望遠のドアップで映し出すので、バカうけする。
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試合前の選手達のウォーミング・アップの様子などの映像が見られて、だんだんとムードが盛り上がってくるところで、試合開始直前、アメリカ合州国の国歌が流れ始め、会場が暗くなる。すると、スクリーンに星条旗と、国歌を歌う人気上昇中の歌手が大写しになる。
観客達が、全員立ち上がり、胸に手を当てて、国歌を歌い始める。周囲の全員が立ってしまったので、我々のグループだけ座っているのが居心地悪くて、ついこちらも全員立ってしまった。座ったままでいたら、なんだかとっても周りのひとびとの顰蹙をかいそうな感じだったのだ。
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国歌が最高潮に盛り上がると、画面いっぱいに星条旗がアップになり、視界一面赤と青と白の旗模様で一杯になった。これで、最後に「イエーイ!」と盛り上がって、さあ、試合開始となる。
日本では「君が代」に対して、どうも素直になれない自分だったのだけれど、「星条旗」のときにはみんなが立ち上がるのにつられて立ち上がってしまった自分は、いったい日本で「君が代」を強制されたときに、立たずにいられるのかなぁ、と、多少弱気になってしまった。中途半端な自分を発見した日だった。

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犬は3歳

うちの犬は、ミニチュアダックスフントだ。
この犬は、いくら大人になっても、3歳くらいの精神年齢なんだそうだ。
だから、ちょっと家族でインターネットでわあわあ騒いでいたりして、相手をしてやらなくなると、わざと部屋の隅に小便をひっかけるというイタズラというか悪さをする。
まあでも、逆に言うと、精神年齢が低いから、おしっこをあらぬところにひっかけるという程度のことで済んでいるのかもしれない。
ゴリラなんか、愛している相手から邪険に扱われると、自分の指を噛み切るような自傷行為をすることがあるらしい。
精神年齢が高けりゃいいってもんでもない。なかなか心が複雑になるほど、やっかいな悩みが増えたりもするのだ。
ミニチュアダックスフントのように、ご飯と抱っこさえ与えていれば、あとは機嫌よく暮らしているなんて、見上げたもんだと思う。
犬は、文句を言わない。腹が減っても、じっと何も言わずに待っている。「あっち行け」といわれても文句ひとつ言わない。大したもんだ。立派なもんだ。20070224totoroandmay

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わが内なる原理主義

自分の著書の編集中、編集担当者の人に、「どうしてそこまで事実性にこだわるんですか?」と言われたことがあります。イエスの病気治しなどの奇蹟について書いていた項目のところでです。
編集者の方は、「奇蹟が事実であるかないかよりも、聖書の中に奇蹟物語が記されていることの意義や、奇蹟物語が示している人間へのメッセージのほうが大切ではないのか」ということを、ぼくに言いたかったのではないかと思います。
でも、ぼくは「病気が治るかどうかということは、病気をした当人にとっては、ものすごく大切な問題なんですよ」といってくいさがって、結局、病気治しということは事実としてあるのですよ、ということを書きました。現代の科学でも、病気治しは否定しきれないと判断したからです。
その一方で、イエスの復活については、否定的な記事を書きました。死んだ人間は復活するということは、生物学的にも医学的にもありえない、と。このことで、ぼくは「キリストの復活や神性を否定している」と、一部のクリスチャンの方々に非難をあびています。しかし、病気治しはともかく、死者の復活を、科学的なものの見方を身につけてい現代人に信じ込ませようというのは、洗脳以外に手はないでしょう。
しかし、こういう非難を受けて、改めて自分について気づいたのは、否定するにしろ肯定するにしろ、自分は、奇蹟や復活が事実であるかないかに、妙にこだわる傾向があるということです。
最終的には科学的な判断を大事にするのですが、問題意識として、奇蹟や復活が事実であるかどうかにかなり関心を持ってしまうのです。
結論として否定するにしろ肯定するにしろ、聖書に書いてあることが事実であるかどうかに妙に拘泥してしまうのは、結局キリスト教原理主義者と呼ばれる人たちと、軌を一にしている部分があるのではないかと思います。
何年牧師をやってそのことに気づくのかと笑われるかも知れませんが、奇蹟にしろ、復活にしろ、事実であるかどうかはともかく、そのような教理がぼくら人間の生き方に対してどういう意味があるのかを、きちんと問うことをしなくてはならないのでしょう。今更のように課題を確認します。

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罪の自覚

『マタイ受難曲』を聴きながら、そして聴いたあとも考え続けていたのだが、やっぱりよくわからない。
クリスチャンであるなしに関わらず、人の心を捉え続けるバッハの音楽、特に『マタイ受難曲』の魅力というのは何なのだろうか。
ある研究家は、「愛ゆえに主イエスは十字架を」というアリアがこの曲の焦点なのだという。「私は罪人であって赦しを必要としているということ。それはキリスト者であろうとなかろうと、すべての人の共通の問題なのではないでしょうか」と言う。
この感情は、たしかにバッハの作品を聴くたびに、ぼくの心のなかにも沸き起こる感情だ。しかしそれが、自分がクリスチャンだからそうなのか、それともクリスチャンであろうとなかろうと沸き起こるものなのか、もう20年以上もクリスチャンをやってしまっていると、正直に言ってわからないのだ。
しかし、確かに、『マタイ受難曲』は多くの人に受け入れられている。それは、クリスチャンであろうとなかろうと、「私は罪人であって赦しを必要としているのだ」という自覚を呼び覚まされるからなのだろうか。それがわからない。もっと他に理由があるのかも知れないが、ぼくにはわからない。
罪の自覚というものが、広く日本人に呼び覚まされるものなのか、ぼくには疑問だ。

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ヨハネ受難曲

昨夜、「ミサ曲 ロ短調」を聴いて、今日は「ヨハネ受難曲」を聴いた。受難曲は「マタイ」のほうが有名だけれども、1曲目の出だしのインパクトでは、やはりヨハネのほうに軍配を上げたい。
弦楽が積み上げてきた音の平原の上に、突然地から天に突き上げるようにとどろく“Herr! (主よ!)”という叫びが脳天を突き抜ける。
“Herr...! Herr...! Herr...! Unser Herrscher!(主よ!主よ!主よ!われらの統治者よ!)”と神に呼びかける声が、切なく、重い。
普段リベラルで宗教的な思いについてはなるべくドライで軽くいようと思う自分が、実は心底から神の愛に満たされたいという飢えを抱いていたことを思い出させてくれるのが、バッハの音楽だ。
宗教的な飢えを抱かないでバッハの音楽をただ音楽として愛好している人がいるというのは、ぼくには信じがたいことだ。ぼくは音楽の専門家ではないが、バッハの音楽によってたしかに信仰心が呼び覚まされる。そして、信仰の覚醒と同時に、芸術としても感動している。これは、バッハの民衆に対して望んだことでもないのかと思う。
受難曲の中には、テノール(福音史家)とバス(イエスなど)によって語られる物語の歌の間に、要所要所にコラール(賛美歌)が配置されている。バッハが教会で演奏した当時の人びとは、このコラールのときには、いっしょに声を合わせて歌える者は歌い、アレンジが凝ったものなので歌えなかった人も、心の中で歌に参加していたはずなのだ。
音楽で語られる壮大な聖書の物語の中に、参列者も参加してゆく、そうやって礼拝が作られてゆく。バッハと同時代の礼拝参列者たちがうらやましいと思った。

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ロ短調

つらいとき、ひとりで落ち込むしかないとき、バッハを大音響で聴いて自分を癒すことがある。大音響といっても、本当に大きな音を鳴らすと近所迷惑だから、ヘッドフォンで鳴らすのだけれど。
今、聴いているのは、「ミサ曲 ロ短調」。カール・リヒター指揮の1961年の録音だ。自分が生まれる前に録音されたなんて信じられないくらいの音質だ。
最初の“Kyrie eleison(主よ、憐れみたまえ)”。何人で歌っているのか、合唱の「キリエ」の「リ」の巻き舌音が全員の声からはっきりと聴き取れる。このしぼりだすような第一声の「キリエ(主よ)」の叫びで叩きのめされて涙が出る。本当に、「主よ、憐れんでください」と音楽と一緒に願い祈る心に持っていかれる。
やはりバッハは礼拝の音楽であり、音楽を聴くこと自体が礼拝になる、そういう音楽なのだ。

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怒れ、総理。

総理大臣には子どもがいない。だから、わが子を戦場に送りたくない、と切実に悩む必要もない。しかし、今日はそんなことを主題に書こうと思ったわけじゃない。
総理には子どもがいない。
にも関わらず、そんな総理の気も知らず、厚生労働大臣は「女は子どもを生む機械」、「子ども2人作るのが健全」と問題発言を発し続ける。
総理にしてみれば、「おまえの妻は『産む機械』としては欠陥品だ」、「おまえのところの夫婦は不健全だ」といわれているに等しい。著しい人権侵害である。
総理は厚生労働大臣を、名誉毀損で訴えてもいいくらいだと思う。
しかし、総理は厚生労働大臣をやめさせるわけでもなく、現職に留任していただき、職務に勤めて欲しいと言う。「忍」の一文字である。
何に気を遣っているのやら、誰に弱みを握られているのやら。総理の妻の立場を想像するに、ここまで屈辱を与えられて、悔しくって仕方がないのではないかと思われるのだが、どうだろうか。

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「産めよ、増えよ」じゃないけれど

Y沢厚生労働大臣の発言が、あちこちで物議を呼んでいます。「産む機械」発言や、「健全」発言など。
ご本人としては、いったい何が悪いのか全然わかってなかったというか、たぶん「産む機械」発言についてはウケると思って言ったんでしょうし、「健全」発言にいたっては、たぶんいいことを言ったつもりなんでしょうね。前回の反省もふまえて。
そういうお方々が政治を牛耳ってらっしゃる。そして少子化対策などをおやりになる。
これに対する非難として聖書の言葉を使った人が、民主党か社民党にいらっしゃいました。「これでは『産めよ、増えよ』と同じではないか」と。
聖書の引用を政治家同士の足の引っ張り合いに利用されてはかなわないと思うクリスチャンの方もいらっしゃるかも知れません。
しかし、逆に、聖書(この場合『創世記』ですが)の問題性にも気づかされるような気もいたします。創世記というのは、一説によれば、バビロン捕囚以降ズダボロに崩壊したユダヤ人社会が、復興をかけて再建にとりかかった第二神殿時代に作られた文書だということが言われています。神の天地創造の物語に、この世の秩序の創造をなぞらえて、希望を人びとに呼び起こすために書かれた文書だということなのです。
しかし、やはり「復興」という社会的目的のために、個々人の尊厳というものよりは、民族の反映、国家の興隆というものが優先されたのでしょう。そんな中で、「産めよ、増えよ」という号令がかけられた、ということなのですね。
そうなると、やはりこれは現代の私たちの、ひとりひとりの生きている現実を尊重する、という精神とはかけはなれたものだ、といわざるをえないのですね……。

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軌道修正にも時間がかかる

たまたまこの牧師館ブログの1年前の記事を流し読みしていたら、2006年になるときに、「2005年は自分の生き方の限界が見えた年だったので、2006年は生き方を改めたい」なんてことを書いていたようです。
2005年2月ごろ、以前から抱えていたうつ病が悪化し、初めて心療内科の門をたたいてから、もうまる2年がたちました。結局、無理を自分に強いるような生き方を続けてきた結果、心が壊れてしまったんだと思い至ったぼくは、2006年には生き方を変えて、自分を守ろうと思ったのでした。
けれども、軌道修正にも結局丸2年かかったという気がします。今はだいぶ自分のペースというものがつかめるようになってきましたし、今一番自分に合った種類と量の薬を処方してもらって、だいぶ安定してきています。薬を忘れると時々非常に調子が悪くなりますが、忘れずにまじめ飲んでいると、自分の病気を忘れるくらい調子がいいときがあります。
時間はかかるものですね。完治ではないけれど、服薬しながらでも、ある程度の調子を取り戻すまで、最低2年はかかってもおかしくないということですよね。

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愛国心

ふだんの言動からして、愛国心という言葉に拒否反応を示すタイプの人間のように思われがちなぼくだとは思うけれども、よく考えてみると、やっぱり自分にも愛国心はあると思う。日本という場所が好きで、日本の自然や風景が好きで、日本食が好きで、日本語を話して暮らす生活に居心地よさを感じている。
いま全国の学校の生徒に配られている「心のノート」では、郷土愛から愛国心へと誘導しようとしている、ということが指摘されているが、郷土愛に根ざすような愛国心なら、ぼくだって持っていると思う。

愛国心があるから政府の言いなりになる、というのは間違っていると思う。ぼくの政府に対する不信感は相当なものだ。しかし、政府が嫌いだからと言って、日本が嫌いというわけではない。
また、愛国心があるからと言って、日本が最高で他の国や民族よりも優れている、というのも間違っていると思う。日本には日本のよさがあるが、他の国や民族の文化にも、それぞれよさがあり、みなお互いにそれらを尊重するべきだし、異文化に触れたり、影響を与え合ったりということは楽しいことだと思う。
愛国心があるから軍事行動に協力する、というのも間違っていると思う。本当の平和や防衛というのは、戦争を回避する外交努力と、互いの文化や文明を尊重しあい交流を持つことで戦う必要をなくすることだと思う。自国を愛し、他国をも愛するからこそ、あえて軍事行動には賛同しないという選択もありうると思う。

だいいち、政府の人びとや都知事などが「愛国心、愛国心」と騒ぐわりには、本当に彼らが国を愛しているのか、まゆつばものだと、ぼくは正直に言って思っている。
「公共心を育てろ」とか「愛国心を育てろ」などと言っているのなら、どうしてもっと国内の農業従事者が元気になるような政策をとらないんだろうか。また、全国的に低農薬・無農薬の食品を作る産業を育て上げ、ファストフード店に子ども向けに売ることを規制し、日本の子どもたちが本当の意味で健康を取り戻すような政策をとらないんだろうか。あるいは、どうして子ども向けのおもちゃを売っている業界に対して、「一切子ども向けのゲーム機は作るな」と命令しないんだろうか。どうしてテレビ局に対して、ナンセンスで人を貶めるようなギャグで笑いをとるような番組ばかり垂れ流すのをやめろと命令しないんだろうか。
いま日本の子どもたちは、かなりの割合の子がアレルギーで体を破壊され、ゲーム漬けで前頭葉が働かず発達障害を抱えた子がわんさかあふれ、人の話も黙って座って聴けないような子ばかりになってきている。これは、右翼政治家たちが言うように「教育基本法で個人の尊厳を認めたから、子どもがわがままになった」のではなく、日本の産業構造が子どもを食い物にするようになったから、不健康で運動不足で利己主義で功利主義で集中力がない子どもや、発達障害をかかえた子どもがあふれかえるようになったのだ。
子どもを食い物にして大もうけしている大企業を保護しておいて、あとは学校に愛国心教育をやらせれば、公共心や愛国心が育つだろうなんて、考えが甘いもはなはだしい。いくら頭ごなしに愛国心を強制しても、子どもを食い物にしながらもうける産業が滅びないかぎり、子どもの利己主義と功利主義は止まらないだろう。
つまり、この国の右翼政治家による愛国心教育は、自らつまづいて破綻するだろうと思う。
でも、この国の右翼政治家たちは、本当の意味での愛国心がないので、本当の意味で強くて、健康で、公共心を大切にする子どもを育てることには関心がない。そんなことよりも、自分たちの政治的な命令に従順な国民を作りたいだけなのだろう。つまり、それは本当の愛国心ではなく、ただの支配欲なのだ。
そんな亡国の政治家に比べれば、よほどぼくのほうが愛国心があるのではないか、と思いたくなる。
ぼくは、この国が本当に滅んでしまうのではないか、と憂国の情でいっぱいだ。

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確信犯

教育基本法のことについて書こうかな、と思ったけど、その前に、元会社員としては、開いた口がふさがらない「ホワイトカラー・エグゼンプション」の話。
安○首相が、「残業が減って、働く人が家にいる時間が長くなると、少子化対策にもなる」とか言ったとか報道されているけれども、そんなことを本気で言ってるやつがいるのなら、「バカじゃねえの!?」と大声で罵倒してしかるべきだろう。
残業代が出なくなることと、残業がなくなることが、なんでイコールで結びつくのだろう? あほちゃうか。
残業代が出なくなるということは、それまで残業していた人が、ただ働きさせられるようになるというだけの話やないか。こんなん企業に都合のいいだけの話でしょう。働く側にとっては地獄だよ。こんな政策で大企業にしっぽ振って、わざととぼけてるのかね。
おまけに、夫婦が家にいる時間が長くなると、子どもを作りたくなって、どんどんセックスするようになるのか? 日本で子どもが少なくなっているのは、セックス回数が少ないからか? 残業代でなんとか食ってるような世帯が、残業代カットされたら、子どもを育てる経済的余裕もなくなる。人はひまだから子どもを作っているわけではないのだ。首相はどういう人間観を持っているのだろうか。
「確信犯」というのは、悪いことを知っていて、あえてやる、という意味ではなくて、本当は自分のやっていることが正しいと思い込んで犯罪(的なこと)をやる人のことを言うんだそうだけど、この場合はどっちなのか。どっちでも迷惑なことには変わりないんだけど、本当の意味の確信犯なら、首相はバカだ。間違いない。

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辺野古のたたかい

最近、日本キリスト教団大阪教区の代表が沖縄に行って、平良夏芽(たいら・なつめ)という牧師の話を聴いてきた記録が手元に届いた。沖縄の辺野古沖に米軍の基地を建設する動きを水際で止めている人間だ。
彼の取り組みはすさまじい。もともと泳げなかったのに、ダイビングの免許を取って水深40メートルまで潜って水中調査を阻止し、基地建設のための史跡調査を阻止するために突進してきた車の前に体を投げ出して怪我を負いながら、逮捕されてしまった。それは昨年のことで、3日間の拘留の末に釈放されたけれども、彼は戦いはまだまだこれからだと言っている。
朝鮮戦争のとき、沖縄から薬を持っていって、現地の人からひどく叱責されたという。お前の住んでいる沖縄から飛行機が飛んできて爆撃している。そんなところからやってきて薬をもってきて「ありがとう」と言えるのか。まずしなければならないことは、爆撃機が飛ぶことを止めることだろう。さんざん殴っておいて、その手でハイとサロンパスを渡していったい何になるのか。「沖縄」というのは、恐怖の象徴でしかない。やらなければならないのは、沖縄から人殺しの軍隊を出撃させないことではないのか。
イラク戦争のときも、沖縄から軍隊が人を殺しに出て行った。本当にしなければならないのは、軍事行動を阻止することだ。それでは、われわれが標的地に行くべきではないのか。そういう思考の果てに、平良さんはイラクに飛んだ。そこで、病院の中の死体安置所に置かれていた死んだ娘を抱かされ、その娘の父親がこちらの聞き取れないイラク語でわめき叫ぶのを前にした。そのとき聞き取れたのは「ブッシュ」「小泉」「平良夏芽」だったという。みんな同じだと言いたいのだろうと感じたという。そして、イラクをあとにして帰国した後、その病院でさらに米軍によって虐殺が行われ、およそ700名の入院患者全員が殺されたという。
そんな現実と向き合って、彼らがやっているのは、いわゆる「平和運動」ではない、という。とにかくできることはなんでもやって、どんな方法を使ってでも、徹底的に非暴力を貫きながら、とにかく警察や自衛隊、米軍の動きに大して反抗し、基地を作り軍事行動を始める動きを阻止することでしかないという。
彼の言葉を読んでいると、自分はいったい何をやっているのだろう、と思わされる。何をしているのか、何ができるのか。何もやっていないではないか、と思わされる。自分の住んでいる国から税金をまきあげられながら、その税金を使って人殺しの援助をさせられているというのに。

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熱心でなくともよい

宗教家のはしくれのぼくがこんな事をいうのもどうかと思う人もいるかもしれないけれども、今の時代、宗教にあまり熱心すぎるのもどうかと思う。少なくとも、熱心であるほどよい、というものではないと思う。
もちろんこれは宗教に限らず、あらゆる思想、信条にも共通することだと思うが、あまり自分の信念に固執しすぎると、周囲の物事を冷静に見ることができなくなり、自分の信じている真理に合わないものを切り捨てたり無視したりするようになるし、自分以外の人の価値観というものを認められないくらい視野がせまくなってしまう。
もちろん、目に見えない心のはたらきや、魂の存在を認めて、自他ともにそれを大切にしながら生きてゆくことは大切だ。広い意味での宗教心というものは人間には必要だと思う。しかし、そのことと、特定宗教のみを正しいと思い込むことは違うと思う。
さまざまな宗教の存在と役割を積極的に認めながら、それらのよいところを互いに吸収しあって、自分に合った宗教観を自分のなかに育て上げてゆくのがよいのではないかと思う。

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いじめ

いじめに関する報道が続いている。自殺の知らせも相次ぎ、死の連鎖反応を起こしているようだ。
ぼくは、どちらかと言えばいじめられっ子だった。いじめられ体験がたくさんと、いじめた体験が少し。いじめていたときは、明らかに自分がいじめられていた腹いせに自分より弱い人間をいじめていた。だから、いじめている側の人間が、実は他にやりどころのない怒りや鬱憤をためているんだろうということであれば、そういう気持ちはわかるような気がする。
また、いじめる側に加担していないと、自分もまたいじめられるという恐怖があるので、どうしてもいじめられている人を助けられないというのもある。

いじめられている人が、なかなかその事実を人に言えない、というのもわかる。自分がいじめられている、という現実自体を客観的に認めたくないから。それに、そのことをネタに余計にいじめられるのが予想できるから。そして、じっさい相談して事情が好転することがなかなか期待できないのだ。特に集団でいじめられている場合には、そいつらを殺すか、そいつらと会わないようになる時期を待つしか、手がない。

学校というのはそういう意味では、たとえば3年、一貫校なら6年たてば、必ずみんな自分も相手たちも学校を出てゆく。人間関係をつくりなおすチャンスが必ず来るのだ。
ただ、若い人にとっては3年は長すぎるように感じるだろう。それならば、無理に学校に行くこともないと思う。学校に行くことと、生きることとを天秤にかけるんだったら、生きるほうが大事に決まっている。なぜいじめられている側の人間が死ななければならないのだ。いじめる側の人間が死んでしまえばいいではないか。死ぬくらいつらいんだったら、学校なんか休んだほうがいい。周囲の大人たちに警告を発する意味でも、そうしたほうがいいと思う。学校だって大人が作った装置に過ぎないんだから、その装置の中で閉じ込められて死ぬほど苦しむくらいなら、そんな装置から出てしまったほうがいいと思う。
3年というのは、若者にはめちゃくちゃ長く感じるんだろうけど、済んでみると、そして年を取れば取るほど、あっという間のできごとのように感じられるようになってくる。だから、いったん逃げて、それから社会復帰の道をさぐる遠回りの道をたどっても、決して悪くないと思うし、寄り道していろんな違う世界を見るようにすれば、案外貴重な人生体験をすることができるかも知れない。

ぼくは小学校でもいじめられていたし、中学校でもいじめられていたし、高校でもいじめられた。大学になると、さすがにみんな自分のことで忙しくって、いじめたりいじめられたりという密着した関係から解放されて、すいぶん楽になった。だから、自殺なんかするのはもったいない。生き延びたほうが絶対得だと確信した。
自殺の連鎖が起こっているのが悲しくて仕方がない。
絶対に長生きしたほうが得なのだ。いじめているやつが先に死んで、自分のほうが長生きすれば、絶対に自分の勝利なのだ。これは、あとで書くつもりだけど、ぼくをいじめた牧師たちのことを考えると本当にそう思う。

小学校から高校まで、もっぱらいじめられ体験が続いたし、これは私学に入学して人間関係が変わったはずなのに、相変わらずいじめられっ子であったということで、やはりいじめられやすい子というのはいるものだ、と思う。
けれども、それはいじめられる子に原因があるというのではない。
そうではなくて、単に個性が強かったというだけのことだ。
日本の社会は同質化を強く求める社会で、群集心理に乗れないような人間を強烈に排除しようとする。そして、誰か少数派を排除することによって、全体の団結をはかってきたのが日本社会なのだ。
世の中にある差別事件の事例を当たってみたらすぐわかる。部落差別、障がい者差別、ハンセン病者差別、同性愛者差別、在日朝鮮・韓国人差別、失業者・野宿者差別……あげだしたらきりがない。
「あいつらよりも自分はましだ」、「あいつらがあんな目にあっているのは自業自得なんだ」という差別的な心理で少数の人々を見下すことで、政治や社会への不満を解消してきたのが日本人の精神構造なのだから、はっきりいってこの差別的ないじめの心理を、国家も行政もじゅうぶん利用してきたはずなのだ。差別がなくなると困るのは権力者なのだ。
大人がそういう差別やいじめを利用して国民の団結を図ったり、鬱憤の解消をしてきたりしているのだから、子どもがその真似をしても当たり前ではないかと思う。いじめが、すっかり定着した文化になってしまっているのだ。
いじめられる側に原因があるのではない。少し「変わったやつ」を見つけ出して徹底的に攻撃することで、その他大勢の人間が孤立せずにすむようにもたれあう、そういう精神的に自立できていない人々の集まりのほうに責任があるのだ。

高校時代のある日、こんなことがあったのを憶えている。ぼくが後ろを通っただけなのに、「頭をさわりやがった」と激昂して暴力をふるってきた奴がいた。学年で一、二を争うほどの腕力の持ち主で凶暴な男だった。ぼくはいじめられることになれていたので、勝手にしろという態度で、成り行きに任せていた。すると、あまりにぼくの反応があっさりしているので、彼は殴るのをやめてしまった。「なんでおまえは抵抗せんのや」と言う。ぼくは「おれは殴るのも殴られるのもいやなだけなんや。殴りたかったら殴れ。おれは何もせん」と言った。すると、彼は「そうか。殴るのも殴られるのもいやなんか」と、きょとんとして言った。「おれはお前の頭はさわってない。でもおまえはさわられたように感じたんやろ。でも本当にさわってない。それでおまえがおれを殴っても、おれは本当のことを言うだけ」とぼくは言った。すると、彼はぼくの胸ぐらをつかんでいた手を放してくれた。「そうか。わかった」。その後、なんとなく彼とはお互いに廊下で会っても、お互いに会釈をするようになり、彼は決してぼくには突っかかってこなくなった。あれは一体なんなんだろうと今でも思うけど、あれ以来、人というのは話をすれば案外通じるもんだな、という感覚を持ったような気がする。
案外、ああいう一匹狼の凶暴な人間に見えるやつのほうが、話が通じるのかも知れない。一匹狼は本人も本人なりに孤独のなかでいろいろ考えているのだ。

困るのは集団で群れて一人をいじめようとする奴だ。
これも高校時代だが、自主映画製作に凝っていた頃だ。ぼくは学校から予算をもらって映画を作るというのが性に合わなかった。バンドでも映画製作でもそうだが、学校に隠れてでもバイトして自分でお金を作って、そして好きなものを作るというほうが好きだった。
一方、学校のクラブとして映画研究部なるものが存在していた。ぼくはそれに対抗する独立系のプロダクションだったわけだ。すると映画研究部は、自治会をまきこんでぼくらのプロダクションをつぶそうとした。ある日、自治会室に呼びつけて、ぼくは5-6人の自治会役員と映画研究部長に取り囲まれ、非公認団体の出展を取りやめるように圧力をかけられた。
このように高校生くらいになってくると、いじめも組織化し、ちょっと高度になってきて、いじめた側が決して悪くないように工作するようになる。
しかし、まあおかげでいい勉強になった。以後、ぼくは集団というものを、心底からは信じなくなった。

いじめというのは子どもだけのものじゃない。大人になってからも経験した。
ただ、会社勤めをしていたときは、不思議といじめたりいじめられたりという経験は記憶してない。ぼくが勤めていた会社は、稼いだ人がえらい人、稼げない人は駄目な人、それだけしか人物評価がなかったから、ある意味さっぱりしていた。それに人をいじめたりしているヒマなんかなかった。その反面、大きなシステムを売る会社でもあったから、絶対にチームワークは必要だった。だから会社時代のことで悪い思い出はほとんどないなぁ。思い出せない。感謝することばかりだ。
今でも腹が立つのは、離婚したときに恩師であったはずの牧師たちから脅迫といやがらせと拒絶を受けたことだ。この牧師たちは、自分がフェミニストで女性の味方であり、自分は妻を大切にしているということを公私共にアピールするために、ぼくの離婚というスキャンダルを利用した。ぼくを攻撃すれば、自分が女性の味方であるかのようにアピールすることができたのだ。今思えば馬鹿みたいだけど。ふだんから本人達が決して女性の味方とは言えないようなライフスタイルをとっていただけに、余計にぼくのスキャンダルは格好の餌食となった。
しかし、この場合も、相手のほうが歳を取っていたことがぼくには幸いだった。今やこの牧師たちの1人は歳をくった上に不摂生がたたって引退している。ざまあみろと言えば、自分でも牧師にあるまじき発言かな、とも思うが、正直この人の早い引退を聞いたときはそう思った。やっぱり健康に気をつけて長生きしなきゃ。自分をいじめた奴が死んでも、こちらはのびのび生きていくくらいでないと割りに合わない。今では、恨みはほとんど消えて、憐れみのほうが大きい。
牧師だとか、宗教家だとか、いじめの場合は関係ない。むしろ、ふだん偽善的に装って生きている分、自分の中に矛盾がたまっているから、いざ餌食になる人間が目の前に現れると、何をやりだすかわからないものだ。

だらだらと書いているから、まとまらないが、本当に耐え切れなくなったときは、死ぬ前に、避難することを勧めたいと思う。相手が1人で、話してわかるやつなら話せばいい。相手が1人で、話がわかりそうにないやつなら、もっとうわ手をゆくような反撃に出ればいい。しかし、多勢に無勢で人数でかなわないときは、被害を受け続けて死ぬような思いをするくらいだったら、逃げたらいいと思う。
世の中は、学校なんかよりずっと広くて面白いから、他の世界を見てみるのもありだと思う。
また、これから大学なんか全入時代が来るから(来年からそうらしい)、大学はどこも学生集めに必死だ。中学や高校生活で多少挫折があっても、受け入れてくれる大学はきっと出てくるはずだと思う。
それまでに、学校を休んで、旅をしてみたり、アルバイトをしてみたりすると、自分の世界が広がってきて、案外外にも面白いものが発見できるはずだと思う。
そのためにも、教師も親も、本人を、なにがなんでも安定した学校生活に引き戻さなくては、という思い込みから解放されていないといけないと思う。

それから、もしも1人でも話せる友を見つけることができたら、幸せなことだと思う。
ぼくは、中学から高校にかけて、たった1人だけ本心を明かせる友だちを見つけることができた。それが救いになって、ぼくは学校生活を続けることができていたと思う。その人とは今でも親友のつもりだ。
一生のうちでそんなに信頼できる友だちなんて、1人見つけることができれば幸せだと思う。だから1人でもいいからそういう人を見つけるようにしてほしいと思う。
学校の中でなくてもいいから。歳が離れていてもいいから。

なんかまとまらないけれど、いじめについて何か書いてみようと思ったら、いろいろ出てきた。まだ語り足りないこともあるけれど。

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今年はお休み

日本キリスト教団第35回総会が、この10月の24~26日にかけて、東京の池袋で行われた。
これまで3回連続で、この総会で上演される、日本キリスト教団部落解放センター提供の「解放劇」に参加してきたが、今年はお休みさせていただいた。
いちばん大きな原因はうつ病で、とても本業以外の仕事を引き受けることができそうにない状況だった。申し訳ありませんが、どうかお休みさせてください、と言うしかなかった。
今はだいぶ容態がましになってきたけれども、これからまた次回の劇を書いて演出しないか、と言われたら、正直動揺すると思う。この病気になってから、過度に忙しくなることに対する恐怖感が増えた。
本当に申し訳ないことだと思うけれど、これから先も解放劇に関わることができるかどうかは未知数だと思う。自分にできることが少なくなってきているという気がする。

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ペットロス

「ペットロス」という言葉がある。最近、カウンセリングの場面で使われ始めているらしい。子どものときから兄弟のようにいっしょに育ってきたペットが亡くなるときには、人間以上に悲しみがわくこともあるらしい。
ぼくは子どもの時にはペットを飼ったことがなかった。しかし、今はミニチュア・ダックスフントにビールを飲ませたり、日本酒を飲ませたりして、「病気になるでしょ、バカ」と妻に叱られながら、遊んでいる。
こんなぼくも、この子たちが自分より先に召されることになったら、ぼくは涙を流すのだろうか……。

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おならの遺伝

子どもが3人いる。みんな女の子。上のお姉さんと、下は双子の合計3人。
この中で、双子の一方が極端にぼくによく似ている。姉は母親によく似ている。双子のもう1人はちょうど中間だ。
ぼくに似ている双子の片方の顔は、幼い頃のぼくの写真にそっくりだ。机の上がいつも散らかっているのも同じ。物を作ったり、たまに料理をしたりするのが好きなところも同じ。人の話を聞いていなくて、何度も同じ間違いをやらかすのも同じ。早起きが苦手なのも同じ。
最近、おならのニオイまで同じであることに気づいた。内臓のつくりが分子レベルまで似ているのだろう。遺伝とはかくも不思議なものなり。

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宗教は必要か

宗教が必要な人ってどんな人なんだろう、と改めて思うことがある。
圧倒的多数の宗教に対してニーズのない人々に宗教の話をするのが自分の仕事なので、本当に宗教なんか必要なのかな、と疑問に思うこともしばしばだ。
だいいち、自分でも(特に最近は)自分のことを大して宗教的な人間でもないと思う。
もっともそうであっても、宗教、特にキリスト教のことをかえって客観的に話せたりもするから、仕事が行き詰まってしまうということではないのだけれど、逆に客観的に、なぜ宗教を必要とする人間がいるのだろう、と疑問に思ってしまうのだ。

もちろん、葬儀や結婚式において、あらためて故人の霊の行く末に心をめぐらせたり、神の前に厳粛に約束をする、ということが必要だと思うこともあるのだが。
しかし、それらの習俗儀式を取り仕切る以上に、宗教の果たすべき積極的な役割が、現代の世界でありうるだろうか、むしろ脇役に後退してしまったほうがよいのではないかと思うことがある。

もっとも、宗教を脇役に押しやったところで、宗教に代わる新たなマインドコントロールが出現して人びとを狂わせるだけなのかも知れないけれど。
人というのはマインドコントロールされたがっているのではないか、とも思う。宗教が去っても、何かに依存したい、何か寄りかかる大義や原理やルールのようなものがほしい、みんなといっしょに「ノレる」ものがほしい。そういう集団の欲求というものは変わらないのではないか。それがある限り、人びとへの扇動や洗脳は変わらないのではないか。
それなら、宗教をもうちょっとましなものにしていったほうがいいのではないか、とも思う。逆に宗教がしっかりしないと、政治が宗教めいたものを作り出して、庶民をコントロールし放題になってしまうのではないかとも思う。
そんなこんなで思考が堂堂巡りだ。

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訃報

人が亡くなったという知らせ、特に自分よりも年下の人の訃報に接すると、なんとも言葉に尽くしがたい悲しみを感じる。そして、その人よりも自分が長く生きていることに、どんな意味があるのだろうかと思い巡らせてみたくなる。いたずらに歳を重ねてはいないだろうかとも考える。
また残された人(自分もその一人であるわけだが)はどう感じるものなのか、他の人の思いも知りたくなる。遺族はどんな思いだろうか。若くして世を去らざるを得なかった人を前にして。
うつ病の症状のひとつで、「死にたい」と感じることもよくあるものだが、実際に死んだとき、残された者たちがどんな気持ちになるのかを考えると、簡単には死ねないとも思う。
死ななければならない時が来たとしても、その最後の瞬間まで、生きようとし続ける者でありたいと思う。

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海軍カレー

横須賀に行くと、「よこすか海軍カレー」という商品に出会う。基地の街の便乗商品で、パッケージの上のほうにも、「大日本帝国海軍横須賀鎮守府」なんて書いてあるので、ヤバい内容といえばヤバい内容なのだけれど、食べてみるとけっこううまい。
基地の街で生きて行くには、ヤバいとかヤバくないとか、そういうことにこだわっては食べていけないのだ、という現実も感じさせられた。
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おにぎりと洗礼

今日、釜ケ崎におにぎりの炊き出し手伝いに、生徒たちといっしょに行って、作業が終わってから聞いて驚いた話。
釜のおっちゃんたちの中には結構「洗礼」を受けた人がたくさんいるらしい。
どういうことかというと、車で乗り付けてきて、「洗礼を受けた人だけ、おにぎりをあげます」と言って、おにぎりを求めてきたおっちゃんたちに、続々洗礼を授けた教会があったりとか。
あるいは、「食事もついてます、歌も歌います、楽しいピクニックですよ」と、仕事にアブレたおっちゃんたちを勧誘して、どこに行くかというと、どこかの河原で、「それでは、みなさんに洗礼をさずけましょう」と、やはり続々川で洗礼を授けたとか、そういうことをやっていた教会もあるというのだ。
まぁ、ぼくなんかの感覚では信じられないほど節操のない、押し付けがましいというか、どあつかましいというか、そんな風に感じるけれども、ある人たちにとっては、それこそが伝道なのだという感覚なのだろう。
キリスト教と一言に言っても、いろんな人たちがいるものだと、改めて感じさせられた。
まぁでも、おっちゃんらにしてみたら、「これで死んだ後も天国行きで決定!」と言って笑っている人もいるらしいから、それはそれでいいのかも知れないけれど。

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旧友の離婚

人づてに昔同じ教会に通っていた古い友人が再婚したことを聞いた。離婚していたことも聞いていなかったので、本当に驚いた。
ぼくも一度離婚したことがあるが、そのときは司式をした牧師に「オレの司式で別れやがって……!」とうらまれたものだが、同じ牧師のもとで、しかも同じ教会員どうしのカップルで結婚した彼はどういう思いだったのだろうか。また牧師はどういう思いだったのだろうか。
一種のライバルのように教会での活動に励んでいたこの友人も、結局は離婚してしまったのかと思うと、なんとも言えず、彼と彼女の悲しさを想像してしまい、涙があふれそうになった。
もう長く彼らには接していないから、それに離婚もずいぶん前のことだろうから、じっさいの彼らの思いがどんなものであったのかわからないのだけれど、結婚したときに見た二人の幸せそうな様子や、自分が離婚したときに味わった悲しさ、罪悪感などがまぜこぜになって、「きっと彼らも悲しかったのだろうな」と想像してしまった。

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養老孟司さんの『超バカの壁』にあった、「仕事というのは、社会に空いた穴です。道に穴が空いていた。そのまま放っておくとみんなが転んで困るから、そこを埋めてみる。ともかく目の前の穴を埋める。それが仕事というものであって、自分に合った穴が空いているはずだなんて、ふざけたことを考えるもんじゃない、と言いたくなります」(p.19)という言葉が妙に気に入った。
そういう風に考えれば、今の仕事はずいぶんラクな気がしてくるな、と思う。
ぼくはキリスト教というものが自分の勤め先の学校からスッポリ、まるでピースの足りないパズルのようになっているところに、とりあえずペタンとはまったピースだなと。もっともこの学校で抜けているキリスト教は、1枚や2枚のピースでは埋められないだろうけど。
でもとりあえず、ここに抜けた部分にスポッと入ることがぼくの仕事なんだな、と思うと少し気持ちが楽になった。

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米焼酎

かつてこの三十番地キリスト教会には、地下に「酒蔵」というコーナーがあった。もう廃止して久しいけれども、廃止したのは、当時交流を深めつつあったイスラームの人たちへの配慮だった。彼らは一切アルコールを口にしないので。
イスラームの生活を体感するホームステイを短期間経験しただけで、ぼくはアルコールがなくても夜を過ごせる人間に改造された
一緒に長期の出張をした同僚に、体質的に一滴もアルコールを飲めない人がいたのだけれど、その人が出張3日目あたりになって、ハタと気づいた。「富田、飲まんで、もつの?」
彼が一緒に出張すると、かならず同僚は箱ごとビールを買い込んで宿舎に積んでいるのだという。しかし、富田はそういうそぶりを見せない。飲まなくておまえは大丈夫なのか、というわけだ。「ええ、大丈夫です」。
飲んでも大丈夫、飲まなくても大丈夫。こんな自分になったのは、イスラームのステイに参加してから。それまでは軽いアルコール依存症だったのかも知れない。また考えてみれば、毎日飲まずにはおれない同僚たちは、一種のアルコール依存症に陥っているかも知れない。
……などといいつつ、今日は邑久光明園のKさんにいただいた米焼酎をおいしくいただいていい気分になっている。もらいものだから大事にしっかり味わおうと思う。
米焼酎がいちばんおいしく感じる。日本酒が好きなので、日本酒と似た風味がある米焼酎に愛着があるのかもしれない。

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カンパリ

一日の仕事を終えて、風呂に入って、カンパリ・ソーダを一杯。みかんジュースなどあれば、カンパリ・オレンジも作れる。カンパリはお気に入りのお酒。
その他、ジン、ウォッカ、ブランデー、ホワイトキュラソー、焼酎などが台所には並んでいる。
趣味らしい趣味を持たないぼくの、数少ない趣味は、カクテルづくりなのだ。

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忘れる

昨年末に光明園家族教会のクリスマス礼拝に行ったら、一人の入園者の方がぼくのことを忘れていた。昨年の夏も、その前の夏も覚えていてくれていたのに。昨年の夏は説教を何度も「よかったよ」とほめてくださっていた方が、もう年末には顔と名前が一致しなくなっている。
他の教会員の方にきいたら「歳だからだんだんボケてくるわな」という返事。
なるほど、教会員だけで平均年齢が80歳代半ば。邑久光明園全体でも平均年齢が76歳だったか。痴呆の問題はたいへん身近だということだそうだ。
以前は、自分が光明園のことやそこに住む人のことを忘れてしまうことに罪悪感を感じていたものだったが、自分のことが忘れられるということもなんとも悲しいものだな、と思った。
忘れるということは、その人と過ごした時間や経験を自分にとってなかったものにしてしまうということに等しいから、忘れないで記憶し続けるというのは大切なことだと思った。
たとえ相手が忘れても自分は忘れないように、ということを心がけなければ、と思った。また痴呆で忘れられてしまったとしても、関わり続けることが大切なのではないかとも思った。
そうは言っても実際には大変物事を忘れやすい自分は、いままで忘れることでたくさんの人を傷つけてきたのかも知れない、とも考えさせられた。