位牌を預かってはみたものの……
父が住んでいたアパートの片付けに行った。大きな仏壇があるので、業者に頼んで引き取ってもらった。業者は、ふつうのタンスなら5千円、同じ大きさでも仏壇は3万円かかるという。それなりに供養して処分するのだという。だから、3万5千円払った。しかし、当日引取りに来た人間は、明るく「拝みのほうは済んでますよね?」と言う。拝みをこっちがやるのか、業者がやるのかも、現場の人間は把握してないのだ。要するに3万円だけとって、供養もせずに処分するのだろう、やれやれ……。
さて、仏壇を持っていったもらったのはいいが、手元に位牌が残ってしまった。さすがに、これは業者も処分するというわけにはいかないらしい。
しかし、自分はキリスト教徒だし、弟も引き取って拝む気もさらさらないみたいなので、持って行き場に困った。しかし、そうはいっても、そのまま粗ゴミに出してしまうのも、なんだか気が引ける。クリスチャンの信仰の立場から言えば、ただの板に過ぎないのだけど、故人がこういう方法で供養されることを望んでいっただろうから、故人の宗教を尊重しなくては、という気もする。お炊き上げという、まぁなんというか、焼却する方法もあって、キリスト教式でお炊き上げ式を自分でやれば安上がりかな、というような不謹慎な胸算用も含めて、ちょっと困ってしまった。
この問題を解決できれば、新しいQ&Aが書けるのですが……(笑)
とにかく、ぼくの家には、3つの位牌があります。風呂敷に包んで、部屋の隅に置いてあります。どなたか、いい知恵を授けてくださるとありがたいのですが……。
埋葬式
父は、死の3日前に病床洗礼を受けて、一応クリスチャンとなった。しかし、お墓は明石市にあるお寺にすでに建立していた。だから、本人としても、その墓に入るつもりだっただろうということで、そこに納骨することになった。
さて、お寺に納骨ということになると、ふつうは戒名がついて、お経をあげてもらって、ということになるのだが、埋骨される本人がクリスチャンになったということで、そこは免除してもらうことになった。じっさい戒名をつけてもらうだけで、何十万円というお金が飛んでいくと聞いていたので、正直ホッと胸をなでおろした。そして、埋葬式もキリスト教でやってもらってもかまわんよ、と住職が言ってくださった。
そして、キリスト教で埋葬式をするとなると牧師を呼ばないといけないね、という話になったのだが、今回は自分でやってみたいと思ったので、「私が牧師の資格を持っています」と申し出た。
本来なら、仏教式でいけば、しばらくはお骨を自宅に置いておいて、三十五日あるいは四十九日の法要を行ってから納骨ということになるし、キリスト教式でも1ヶ月後に追悼式を行うのがふつうらしい。ただ、いずれにしても親族の都合がつかない場合は、それより早くする場合もあるらしい。
実は、家族の都合がどうしてもつかなかったので、去る金曜日の午後に、富田家の墓がある墓地で、埋葬式を行った。かくして、曹洞宗のお寺でキリスト教式の埋葬式をやるという、ひょっとしたら珍しい経験をすることになった。
参列してくれた家族は、みな懸命に讃美歌を歌ってくれ、祈りにも「アーメン」と言葉を合わせてくれた。明るく晴れた昼下がり、骨壷はお墓になかに納められ、ぼくらは別れを告げた。
家族の都合で、ずいぶん早く埋葬することになったが、三十五日、四十九日という数字は、あながちあなどれないと感じた。本音を言うと、実はもっと長い間、お骨を自宅に置いておきたかったのだ。子どもたちも寂しがっていた。別れを告げるにしても、時間をかけて別れる必要が、心にはあるのではないかな、と思った。
しかし、まあ仕方がない。遺影の前に香をたいて、故人を偲ぶよりほかにない。
香をたく

父のお骨を持って帰って来た。お骨の前で「お香をたきたい」と子どもたちが言う。
子どもたちは「わたしたちはキリスト教」という自覚を最近持つようになってきている。しかし、亡くなった人を思いながら香をたくことについては、「そういうもんだ」と思っている。というか、お香をたくことを楽しみにしているふしがある。
この場合、いかにも仏壇にそなえるような線香ではなくて、趣味の店に売っているような、いろんな種類のインセンスになるわけで、ぼくも、「そういうのもあってもいいんじゃないかな、それが子どもたちの素直な宗教観なら、それを認めてあげてもいいだろう」と思って、「じゃあ、お願いね」と子どもたちに任せた。
そういうわけで、お酒の好きだったおじいちゃんのお骨の前には、ビールが注がれ、そしてお香がたかれている。いろんな種類の香りを家族で楽しんでいる。

和洋折衷
ぼくはクリスチャン。弟は、洗礼を受けたことはあるが、今は信仰を失っている。彼は、仏教に帰依しているというわけではなく、仏式の弔いにもあまりコミットしたくなさそう。そういうわけで、今回の父の葬儀も、無宗教式にしようと話していた。
しかし、いったん病床洗礼を受けさせてしまうと、なんだかぼくも心が落ち着かず、弟には悪いが、結局独断でキリスト教式で送り出すことに急遽変更をしてしまった。
しかし、それでは、弔問に来た人たちが、勝手がわからず困るのではないだろうか、という話になって、一応、お焼香台も置くことにした。つまり、キリスト教式と仏式の折衷案である。これで、弟もぼくも満足した。

そういうわけで、写真にもあるように、父の遺体には十字架の覆いがかけられており、頭上には焼香台も置いてある。これで、クリスチャンが来ても、仏式の人が来ても、対応できるようになったと思う。どちらかの宗教に統一して排他的にするのではなく、なるべく多くの人の宗旨を尊重するためにこうしたのである。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』
去る11月10日、京都劇場で、劇団四季の『ジーザス・クライスト・スーパースター』(ジャポネスク・ヴァージョン)を観劇してきました。
ジャポネスク・ヴァージョンあるいはカブキ・ヴァージョンというだけあって、出演者は全員歌舞伎風のメイク、舞台も大八車をモデルにしたシンプルな可動式のステージという、奇抜な演出のイエスの物語になっていました。
ロイド=ウェーバー作曲のひとつひとつの音楽が印象深く、いまも頭の中でガンガン鳴っているような状態です。そういえば音楽も、ロイド=ウェーバーの作曲した曲に、日本の古典楽器の音も混ぜられたアレンジになっていました。
客席は満席。ジャポネスク・ヴァージョンの最終日ということもあって、満席なんだろうけれど、イエス・キリストの物語だから観に来たというよりは、劇団四季のファン結集、という感じでした。芝居が終わってからも、何度も何度もカーテンコールを行なったのですが、イエスの物語に感動したというよりは、ひいきの役者さんに拍手喝采しブラボーを叫ぶという雰囲気に、ちょっと馴染めない気持ちになったのも事実でした。
売店の関連本のコーナーに、遠藤周作の『イエスの生涯』が並べてありましたが、買う人はいないようでした。しかし、こういうところでもやっぱり置かれるのは遠藤周作なんですね。田川建三の『イエスという男』ではない。田川さんの本のほうがこの劇には似つかわしい気もするけど、手軽な文庫本になっていないのがネックなのでしょうか。
ドラマでひきつけられたのは、ユダとマグダラのマリアの、二種類の異なる愛がイエスに向けられていくコントラストが印象的でした。イエスよりもユダが主役のようなストーリーでした。そしてイエスは、ユダからもマリアからも離れて、孤独に十字架の死を引き受けてゆきます。悲劇だなぁと思いました。みんな去ってゆく。さみしい終わり方です。あっけないほどのさみしさです。
その後、カーテンコールで何度も俳優たちが出てきては、さも仲良さそうに互いを引き立てあいながら登場するのを見て、ほっとしました。現実の人間の生涯においても、こうであったらいいのに、と思わされました。私たちは、この地上の人生では、互いに敵であったり、闘ったりするわけですが、もし死後の世界というものがあるのなら、そこでは、このカーテンコールのように、「すべては地上というステージでの芝居であった」と笑い会えるようであったらいいのに……と思わされるのでした。
ファンタジー
学校で授業をして、イエスの生涯を描く場合に、すでにベツレヘムに博士たちを星が導いたとか、イエスが生まれたのは処女からであったとか、そういうことは史実ではありえないとか、復活というのは、墓から死体が起き上がって出て来たのではなく、弟子たちが見聞きした体験のことである、誕生物語、受難と復活の物語は「フィクション」の部分が多いのだ、というようなことを生徒たちに話してきたのだけれど、やはり「フィクション」という言い方はよくないのかも知れない。
それは、現代人の感覚では事実として認められるようなものではないけれども、その場その時に生きていた人びとにとって、そして聖書を書き残した人びとにとって、大切なことを伝えようとする物語なのだということを言いたい。「フィクション」というよりは、「ファンタジー」と言ったほうがいいのだろうと思う。そのファンタジーにこめられた意味を解き明かすのが、自分の仕事の目指すところなのだろうと思ったりする。
ペトロの鍵
今日、ボランティアに行った帰りに、牧師どうしで話題になったのが、「ペトロの鍵は開けるためにあるのか、閉めるためにあるのか」ということだった。
マタイによる福音書16章19節に、イエスがペトロに「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」と言ったことが書いてるのだが、これは閉じた扉を開けるための鍵なんだろうか、それとも閉じるための鍵なんだろうか。
いろいろ話していて、どうもドイツ語だけは「閉じる」という言葉が「鍵」の語源になっていて、それ以外の言語では「開ける」発想なんだそうだ。しかし、そもそも鍵というものを発明したのはエジプト人で、ピラミッドなどを封印するために発明したんだから、やはり始まりは「閉じる」ためのもんだったんだろうという話になった。博識な人はいるもんだなぁと感心した。
ペトロの鍵……。開けるためにあるのだと考えると、ペトロによってすべての人に天は開かれているという発想になる。閉めるためにあるのだと考えると、天の国に入るのは難しいのだという発想になる。「狭き門より入れ」という聖句にも通じる。さて、天の国に入るのは困難なことなのだろうか?
日本人の罪意識
勤め先の学校で、「お祈り」の仕方を指導することがある。「お祈りのパターン」というプリントを配っているのだが、そこに、お祈りの3要素として「悔い改め」「感謝」「願い」をあげており、それぞれの具体的な内容については生徒ひとりひとりが自分で考えてみよう、という風にしている。
ここで多くの生徒がつまずくのが、「悔い改め」だ。何を悔いたらいいのか、何を反省したらいいのか、わからないというのである。自分は何も悪いことをしていないのに、というわけだ。これに比べて、「感謝すべきこと」、「お願いしたいこと」というのは、すぐに思いつく人が多い。
祈りの3要素というのはうちの学校オリジナルなので、神学的に賛否はあるだろうが、それはともかくとして、子供たちに「悔い改め」という概念を根付かせることは困難だと思う。ルース・ベネディクトの有名な『菊と刀』では、日本人は罪の文化ではなく、恥の文化に生きているといわれているそうだが、まさに日本人の子どもたちに「神に対する罪」という概念を伝えるのは難しいと思う。
もちろん、罪意識を常に持つことが人間としてよいことかというと、そうとも言い切れないとは思うけれども。
欧米のキリスト教の歴史のなかで伝えられてきた「神に対する罪意識」の背後には、父権制の暴力が通奏低音のように流れており、その社会に生まれた人はみな幼い頃から体罰や心理的虐待を受けて、潜在的に罪意識を植え付けられるようにになったのではあるまいか。
そういう観点から見れば、過剰な、あるいは不当な罪意識を自分のなかに持っていない子どもというのは、実は意外と健全なのかもしれない、と思ったりもする。
信仰告白
連休を利用して、「日本基督教団史資料集」を拾い読みし、特に信仰告白の制定に向かっていった1950年代の日本基督教団の状況を勉強してみました。
恩師の言っていたことの受け売りになりますが、1941年の最初の教団合同は国家権力によるもので、ある意味仕方がなかったものといえるかもしれないですが、戦後、離脱せずに教団に留まった教会が改めて一致のために制定した信仰告白には問題が多いように感じました。
戦後の教団では、①信仰告白は教会存立の基礎であり、信仰告白を持たない教会は教会ではないとする立場、②信仰告白の主体は各個教会であって、全体教会の信仰告白はその最大公約数に過ぎず、法的拘束力は持たないとする立場、③成文の信仰告白を持たない立場、などなどが混在している状態で、とても一致した信仰告白など制定できるような状態ではないという認識が最初にはあったようです。
ところが、1950年に教団の機構改革案が可決したときに、旧日本基督教会の人びとから強い不満が上がり、教団離脱が相次いだのですね。その不満というのは、旧教派の会派を認められなかったということと、教団として信仰告白が制定されていないということだったようです。この総会では、使徒信条を置くことも決議されたのですが、旧日基派の人たちにしてみれば、使徒信条だけでは教会の信仰告白としては十分ではないということなのです。
そこで、これに対処する形で、信条委員会が組織され、1952年の総会で信仰告白文案が提示され、1954年の総会で可決したというわけです。
つまり、もともと会派間の問題があって、信仰告白については、そう簡単には統一することはできないという認識であったのに、多数派を占めていた旧日基の人びとの離脱を食い止めて、教団を維持するために、急いで信仰告白を制定していった、という印象を受けたのです。
この問題を少しでも真摯に扱おうとする感性があるなら、「信仰告白に違反している牧師を説教壇に立たせるな」などという言い草が、どれだけ暴虐に満ちたものであるか、自明であろうと思います。
Rev. John Shelby Spong
ボストンの街で、Borderという大手の本屋のチェーン店に立ち寄ったときに、宗教書のコーナーに、おもしろそうな本を見つけました。おもしろそうな、といっても、ぼくがおもしろいと思っただけで、誰にとってもおもしろいというわけではないでしょうが、いかにもぼくが興味を惹かれそうな本でした。

たとえば……
“Rescueing the Bible from Fundamentalism”(原理主義から聖書を救出する)とか、
“Why Christianity Must Change or Die”(キリスト教はなぜ変革するか、または滅亡するしかないのか)とか、
“Ressurection: Myth or Reality ?”(復活:神話か現実か?)とか、
“Living in Sin ? Bishop rethinks Human Sexuality”(罪の中に生きる? 主教は人間のセクシュアリティを再考する)とか、
“Jesus for Non Religious”(無宗教者のためのイエス)など……

これら一連の作品の著者は、John Shelby Spong という米国聖公会の主教らしい。アマゾンなどで調べる限りは、日本語訳は出ていないようです。誰もやってくれないのなら、ぼくがやろうかな……などとゴーマンな考えがチラリと頭をかすめます(笑)。会話はあんまりだけど、訳文づくりなら、なんとかなるかな、とか(笑)。誰かに監修に立ってもらえればなんとかなるんじゃないか、などなど……。
とにかく、題名だけでも、ぼくにとっては大変興味をそそられる著者でした。簡単にプロフィールを見るだけでも、ジェリー・ファルウェルやパット・ロバートソンなどの保守派と対立して論陣を張っているようです。いま保守の大旋風が吹き荒れているアメリカで、よくがんばっているんだなぁ、と感心します。また、保守・リベラルに限らず、ちゃんと両論並立で本屋に並んでいるお国柄にも感心します。
どこかの国のアホな保守派みたいに「回収しろ、廃刊にしろ」なんて幼稚なことは言ってません。反対意見があるなら、自分も本を書けばいいのです。
パームサンデー
ボストンのトリニティチャーチで棕櫚の日曜日の礼拝に参加してきました。生徒たちも同僚の先生や現地のアシスタントたちもいっしょにです。
150年近くの歴史を持つ巨大な礼拝堂は芸術的建築物としても有名で、堂内の壁画や彫刻、ステンドグラスも見事なものでした。
音楽にもかなり力が入っており、100人近くはいるかと思われる聖歌隊とパイプオルガンと共に歌う賛美歌は感動的なものでした。
洗礼さえ受けておれば、教派に関わらず、すべてのクリスチャンが聖餐に与ることができる、と説明してあったので、われわれの団体の中から、日本人はぼくだけ、あと2-3名の現地のアシスタントが聖餐をいただきに、祭壇にあがりました。
生徒達は、よくがまんしておしゃべりもせず座っていたな、という感じ。でも、なかには、いっしょうけんめい英語の賛美歌を歌おうと努力して声を出していた子もいました。かわいらしいですね。
聖餐は今回同行した日本人グループのなかでは1人だけ自分が受けて席に戻ってきたわけですが、いろんなことを考えました。
見知らぬ人たちであったとしても、同じ聖餐を受ける多くの人たちとのクリスチャンとしてのつながりが感じられることは、とてもうれしいことでした。
しかし、その反面、自分が共に生活している日本人の仲間との間には、はっきりと線が引かれた気もしました。
祭壇に向かうために立ち上がったとき、一瞬、自分だけ聖餐を受けることに、優越感のようなものを感じかけたのも、後で思えば愚かしいことのように思えてきました。
聖餐の意味がわかってから、信仰を告白して、それで初めて聖餐が受けられるということと、聖餐の意味がわからなくても、全ての人のために与えられた愛の形としてパンとぶどう酒が与えられ、あとから意味がわかってくるということと、正当性(「正統性」ではない)はフィフティフィフティのように感じるのです。
こういう考え方は、現在の日本のプロテスタントの多くの聖職者からは攻撃されがちなのですが。
わが内なる原理主義
自分の著書の編集中、編集担当者の人に、「どうしてそこまで事実性にこだわるんですか?」と言われたことがあります。イエスの病気治しなどの奇蹟について書いていた項目のところでです。
編集者の方は、「奇蹟が事実であるかないかよりも、聖書の中に奇蹟物語が記されていることの意義や、奇蹟物語が示している人間へのメッセージのほうが大切ではないのか」ということを、ぼくに言いたかったのではないかと思います。
でも、ぼくは「病気が治るかどうかということは、病気をした当人にとっては、ものすごく大切な問題なんですよ」といってくいさがって、結局、病気治しということは事実としてあるのですよ、ということを書きました。現代の科学でも、病気治しは否定しきれないと判断したからです。
その一方で、イエスの復活については、否定的な記事を書きました。死んだ人間は復活するということは、生物学的にも医学的にもありえない、と。このことで、ぼくは「キリストの復活や神性を否定している」と、一部のクリスチャンの方々に非難をあびています。しかし、病気治しはともかく、死者の復活を、科学的なものの見方を身につけてい現代人に信じ込ませようというのは、洗脳以外に手はないでしょう。
しかし、こういう非難を受けて、改めて自分について気づいたのは、否定するにしろ肯定するにしろ、自分は、奇蹟や復活が事実であるかないかに、妙にこだわる傾向があるということです。
最終的には科学的な判断を大事にするのですが、問題意識として、奇蹟や復活が事実であるかどうかにかなり関心を持ってしまうのです。
結論として否定するにしろ肯定するにしろ、聖書に書いてあることが事実であるかどうかに妙に拘泥してしまうのは、結局キリスト教原理主義者と呼ばれる人たちと、軌を一にしている部分があるのではないかと思います。
何年牧師をやってそのことに気づくのかと笑われるかも知れませんが、奇蹟にしろ、復活にしろ、事実であるかどうかはともかく、そのような教理がぼくら人間の生き方に対してどういう意味があるのかを、きちんと問うことをしなくてはならないのでしょう。今更のように課題を確認します。
左脳型宗教
ぼくの書いた本が、「信仰告白」を振りかざす教条主義者たちから、総スカンを食っているらしい。
いやなに、障がい者の例を出して、「信仰告白をしたから洗礼を受けられる。洗礼を受けた者だけが聖餐に与る」というルールも考え直したほうがいいんじゃないですか的なことをさらりと書いただけのことだ。
信仰告白というのは言葉だ。受け取りようによっては難解な言葉でもある。この言葉の世界を理解し、口で言い表したり、文字で書き表したりして「告白」できる者だけが、聖餐を受けることができることになっている。だから、この言葉の告白に至らない、たぶん理解できないであろう子どもは、聖餐から除外されている。
また、この独特の言葉の世界になじめない人も、結果的に教会という世界になじめないでいる。
言語の機能というのは、基本的に左脳の領域の事柄だ。キリスト教は言葉の宗教といわれたり、書物の宗教といわれたりする。ということは左脳の宗教だということだ。じっさいには、キリスト教には美術も音楽もあるので、完全に左脳の宗教と言うわけにはいかないだろうと思うけれども、少なくとも「信仰告白」を絶対化する人たちは、左脳の世界を絶対化しているのだ。
ということは、たとえば左脳に障がいがある人は、「信仰告白」中心のキリスト教を理解も受容もできないということになる。左脳が単に未発達であったり、あるいは病気や事故で損傷した場合も同じだ。たとえば、ある種の脳の病気や障がいを治療するために、左脳と右脳を切り離す手術をした人などは、右目を閉じたままで信仰告白を読んでも理解できないし、当然自分で告白することもできない。ということは、こういう人も聖餐の共同体から除外されるということになる。
病気や事故による、あるいは先天的な障がいが左脳にある人は、「信仰告白」中心のキリスト教では受け入れることができない。ふざけた話だが、理屈ではそうなる。障がいのある人が神の共同体に入れないなどというふざけた差別的発言を口にする人間がこの20世紀になってもまだうようよいるのだ。
神は左脳だけの神ではなく、右脳の神でもある。言葉だけではなく、音も、光も、色も、香りも、静止しているものも、動いているものも、すべてが神を指し示し、人の信仰を表し、伝えることができる。
静止した言語にのみ「正しい」信仰の基準を求めるのは、あまりに偏狭で非現実的な宗教観とは言えないだろうか。
恵方巻き
節分なので恵方巻きを家族で食べた。うまかった。
北北西に向かって、無言で食べる。しゃべってはいけないと言われて、子どもたちは「んー、ん、んん~、んー?」と、やっぱりしゃべっている。豆まきは明日する予定。
節分は、原理主義的に言えば「異教の風習」なのだろうけれど、そのへんは三十番地の牧師の家庭はおおらかなのだ。だいたい、ぼくは神学生時代から京都の吉田神社の節分祭の手伝いにアルバイトで行ってたくらいだから、あんまり抵抗はない。国家神道と普通の神道は違うことは知っているから、なおさら抵抗がない。豆まきと恵方巻きなど、しょせんは風習だ。
カトリックの幼稚園では、鬼のお面をみんなで作って、やっぱり豆まきをさせてくれていたなぁ。こういう土着の風習を取り込む点ではカトリックのほうがプロテスタントより上手ですね。
でもまぁ現実的な話、豆まきはあとの掃除がたいへん。拾いながら食べてればいいわけだけど。
熱心でなくともよい
宗教家のはしくれのぼくがこんな事をいうのもどうかと思う人もいるかもしれないけれども、今の時代、宗教にあまり熱心すぎるのもどうかと思う。少なくとも、熱心であるほどよい、というものではないと思う。
もちろんこれは宗教に限らず、あらゆる思想、信条にも共通することだと思うが、あまり自分の信念に固執しすぎると、周囲の物事を冷静に見ることができなくなり、自分の信じている真理に合わないものを切り捨てたり無視したりするようになるし、自分以外の人の価値観というものを認められないくらい視野がせまくなってしまう。
もちろん、目に見えない心のはたらきや、魂の存在を認めて、自他ともにそれを大切にしながら生きてゆくことは大切だ。広い意味での宗教心というものは人間には必要だと思う。しかし、そのことと、特定宗教のみを正しいと思い込むことは違うと思う。
さまざまな宗教の存在と役割を積極的に認めながら、それらのよいところを互いに吸収しあって、自分に合った宗教観を自分のなかに育て上げてゆくのがよいのではないかと思う。
若王子山上の早天祈祷会
同志社には年に2回、京都は若王子山頂の同志社墓地で、早天祈祷会をおこなう日がある。11月29日の創立記念日と、1月23日の創立者(新島襄)永眠記念の日だ。この日は全同志社の有志の教職員、学生、生徒が集まり、新島襄をはじめとする同志社草創期の人びとの墓前で、礼拝をおこなう。
早朝(といっても7時だけれど)の身の引き締まる寒さのなかでおこなう礼拝は、すがすがしくて気持ちがよい。毎回これに参加するのを楽しみにしている。礼拝が終わって山を下り、ふもとの若王子神社境内でふるまわれる温かいうどんやそば、そしてぜんざいも格別にうまく感じる。これに神社が協力してくださるというのも、たいへんありがたいことだと思う。


宗教は必要か
宗教が必要な人ってどんな人なんだろう、と改めて思うことがある。
圧倒的多数の宗教に対してニーズのない人々に宗教の話をするのが自分の仕事なので、本当に宗教なんか必要なのかな、と疑問に思うこともしばしばだ。
だいいち、自分でも(特に最近は)自分のことを大して宗教的な人間でもないと思う。
もっともそうであっても、宗教、特にキリスト教のことをかえって客観的に話せたりもするから、仕事が行き詰まってしまうということではないのだけれど、逆に客観的に、なぜ宗教を必要とする人間がいるのだろう、と疑問に思ってしまうのだ。
もちろん、葬儀や結婚式において、あらためて故人の霊の行く末に心をめぐらせたり、神の前に厳粛に約束をする、ということが必要だと思うこともあるのだが。
しかし、それらの習俗儀式を取り仕切る以上に、宗教の果たすべき積極的な役割が、現代の世界でありうるだろうか、むしろ脇役に後退してしまったほうがよいのではないかと思うことがある。
もっとも、宗教を脇役に押しやったところで、宗教に代わる新たなマインドコントロールが出現して人びとを狂わせるだけなのかも知れないけれど。
人というのはマインドコントロールされたがっているのではないか、とも思う。宗教が去っても、何かに依存したい、何か寄りかかる大義や原理やルールのようなものがほしい、みんなといっしょに「ノレる」ものがほしい。そういう集団の欲求というものは変わらないのではないか。それがある限り、人びとへの扇動や洗脳は変わらないのではないか。
それなら、宗教をもうちょっとましなものにしていったほうがいいのではないか、とも思う。逆に宗教がしっかりしないと、政治が宗教めいたものを作り出して、庶民をコントロールし放題になってしまうのではないかとも思う。
そんなこんなで思考が堂堂巡りだ。
おにぎりと洗礼
今日、釜ケ崎におにぎりの炊き出し手伝いに、生徒たちといっしょに行って、作業が終わってから聞いて驚いた話。
釜のおっちゃんたちの中には結構「洗礼」を受けた人がたくさんいるらしい。
どういうことかというと、車で乗り付けてきて、「洗礼を受けた人だけ、おにぎりをあげます」と言って、おにぎりを求めてきたおっちゃんたちに、続々洗礼を授けた教会があったりとか。
あるいは、「食事もついてます、歌も歌います、楽しいピクニックですよ」と、仕事にアブレたおっちゃんたちを勧誘して、どこに行くかというと、どこかの河原で、「それでは、みなさんに洗礼をさずけましょう」と、やはり続々川で洗礼を授けたとか、そういうことをやっていた教会もあるというのだ。
まぁ、ぼくなんかの感覚では信じられないほど節操のない、押し付けがましいというか、どあつかましいというか、そんな風に感じるけれども、ある人たちにとっては、それこそが伝道なのだという感覚なのだろう。
キリスト教と一言に言っても、いろんな人たちがいるものだと、改めて感じさせられた。
まぁでも、おっちゃんらにしてみたら、「これで死んだ後も天国行きで決定!」と言って笑っている人もいるらしいから、それはそれでいいのかも知れないけれど。
ダン・ブラウンとキャンパス・クルセード
エヴァンジェリカルな人たちは、みんな『ダ・ヴィンチ・コード』を攻撃しているもんだと思っていたら、逆に『ダ・ヴィンチ・コード』でイエスの生涯の意味を新たに考えてみましょう! みたいなサイトがあった。
http://www.davincistoryjp.com/
キャンパス・クルセード・フォー・クライストのサイトなのだが、彼らなら『ダ・ヴィンチ・コード』を攻撃するはずなのに……。
しかし、よく読むと、『ダ・ヴィンチ・コード』の話はとっかかりの枕に過ぎないのであって、あとはただひたすらにイエスの福音、福音、福音、福音……。
そして最後に、「はい」と書いてあるボタンをクリックすると、「あなたはクリスチャンとなりました。おめでとうございます」と出てくる。「ブハハハハッ、なんじゃこりゃ!」と笑ってしまったけれども、本当にいいのか、こんなことで「あなたもクリスチャン」なんて言って! もっとまじめにやれっ。
ダン・ブラウンとクロッサン
ジョン・ドミニク・クロッサンの名前を意外なところで発見した。
いのちのことば社から出ている『ダ・ヴィンチ・コード その真実性を問う』という、まぁ要するに『ダ・ヴィンチ・コード』のネガティブ・キャンペーン本なのだが、その本のはじめのほうに、イエスの本来の姿をゆがめてしまった人物として列挙されている中に入っていたのだ。
ジーザス・セミナーのリーダー格の人で、『イエス あるユダヤ人貧農の革命的生涯(だったと思う)』の著者で、今年の5月の国際聖書フォーラムにおけるレクチャーにて、質疑応答で少しだけお話できたので、ぼくにとっては若干親近感のある学者なのだが、保守的なクリスチャンから見るとそういうことらしい。
『ダ・ヴィンチ・コード』の反論本の内容は、半分が筋が通っているけれども、半分は信仰という名の思い込みでつづられている、と読んでいて感じる。ダン・ブラウンも思い込みが激しいけれど、これに対抗するほうも、かなり思い込みが激しいように感じる。思い込みに対して思い込みをぶつけているので、あまり意味のない論争のように見える。
それにしても、クロッサン氏がイエスの真の姿をゆがめている現代人の代表格のようにされてしまっているとは。ちょっと残念だな。福音書そのものだって、かなりイエスの真の姿をゆがめているだろうに。「真のイエス」という思い込みを抱えている人には、何を言っても自分の信仰のほうが正しいと思えるんだろう。信じ込むということは危険だなぁと思う。
もうひとつ不思議だなぁと思うのは、最近特にアメリカのキリスト教が右旋回しており、そういう人々が多数派を占めているように思わされているのだけれど、そんなアメリカで、どうしてイエスが神であることを否定するような作品である『ダ・ヴィンチ・コード』が売れたんだろう、ということ。ひょっとして、アメリカのキリスト教界にも、建前と本音があるのかな?
ヤク談義
今日、授業に行ったあるクラスで、なぜか雑談がクスリ談義になってしまった。これがなかなか楽しかった。おかげで授業の半分くらいがヤク談義でつぶれてしまったけど、まぁよい。質問と応答で成り立つ授業のほうがはるかに有意義だ、なんちって。
例によって、うつ病に効く薬は基本的にハイになるクスリなのだ、という話になり、クスリ次第で精神状態がコントロールできることに、生徒のみんなはびっくりしたみたいだった。
そう、うつ病と言っても、結局、脳内物質の一種であるセロトニンなどが欠乏する症状。他のいろんな感情も、ニューロンを動き回る脳内物質の流れで作られている(というのが今の最新の仮説)。
喜びも悲しみも、憎しみも愛も、脳内物質の流れで起こる現象だ。ということは脳内物質の量や流れをコントロールすれば、喜んだり悲しんだり、憎んだり愛したりできるわけだ。
こういうことを考えていると、結局いま悩んだり、考え込んだり、いろいろもがきながら生きているこのオレってなんなの?ということになってしまう。
牧師であるぼくも、脳内物質が安全に完全にコントロールできるようになったら、宗教なんか必要ないんじゃないかと思うことが正直に言って、ある。
まだ人間の科学がそこまで到達していないので、ぼくらは祈ったり、信じたり、歌ったり、聖書を読んだりして、自分の力で神を信じるという方法を取る。しかし、時代が変われば、もっといい方法があるのかも知れない、ということは考えている。だって宗教は、たいへん人間にとって大切だと思う反面、じっさい宗教の使い方を間違えて、とんでもない虐殺や戦争が行われたりもするんだから、宗教よりも確実に安全な人の心の癒し、人の心の支えが発見されれば、それに越したことはないと思う。
国際聖書フォーラムに行ってきました。
連休を利用して、東京で開かれていた「国際聖書フォーラム2006」に受講しに行ってきた。
本当は日本キリスト教団の大阪教区の教区総会が行われていた日程なのだが、3日間ぶっ通しで、エマニュエル・トーヴ氏、ジョン・ドミニク・クロッサン氏、月本昭男氏、大貫隆氏、橋本滋男氏、栗林輝夫氏、渡辺和子氏……ほか多数という豪華メンバーによる講演およびレクチャーが、全部合わせて5000円という参加費で受講できる、となれば、申し訳ないけれど、こちらの誘惑にぼくは負けてしまう。
個人的にはクロッサン氏に一番関心があって、彼との質疑応答で通訳を介してではあるが、少しでも対話ができたのがうれしかった。講演が終わってからも何人かの人から「いい質問でしたね」を声をかけてもらったのもうれしかった。
3日間で10講座、疲れたけど、意義ある3日間だった。

クリスチャン・カウンセリング
クリスチャン・カウンセリングが必要だと思った。
人の悩みをキリスト教的な真理に導くというような、護教的、誘導的な牧師の相談のことではない。
宗教・宗派に限らず、宗教一般に広い視野を持ってあたれるカウンセラーという意味だ。
神経内科の医師やカウンセラーのお世話になって、いつもガードをかけられるのは、「宗教のことは、わたしはよくわかりませんが」という部分。必ず決まり文句のようにこの言葉が出る。誠実なのはありがたいのだが、キリスト教信仰そのものが悩みの原因になっている場合、理解してもらえなくてどうにもならないということになってしまう。
クリスチャンではない医師やカウンセラーが、「宗教のことはわかりません」と言う。そのカウンセラーに「あなたは宗教のことをどう考えているのか」と質問してみると(じっさい、「一種の精神疾患だと思われますか?」と聞いてみたことがある)、「何か目には見えない、人間を越えた何かがあるとは思うことはありますが、特定の宗教に帰依しているわけではありません」という答えが返ってくる。
確かにこちらもキリスト教という特定の宗教団体には入ってはいるものの、カミサマに対する実感というのは、その人の言っていることと大して変わりはないのだと正直思う。しかし、逆にそれが伝わらない。向こうは宗教の信者というのは、みんな熱心だと思い込んでいるからだ。
宗教の信者といっても、たまたま出会いのあやで特定の宗教団体に所属するようになったものの、実はカミサマの存在だってあやふやで、「こんなのでいいのかな」と思っている人が、宗教信者の大半ではないだろうか。そのあたりのころあいをよく理解して、宗教のことを恐れずに取り組むカウンセラーがいてほしい、と思う。
あるいは現時点でいないのなら、これはキリスト教会の課題としてレリジャス・カウンセラー的な人材の養成が望まれるのかもしれない。
医者が必要なのは
マルコによる福音書2章13~17節は、イエスがアルファイの子レビを弟子にするエピソードである。
レビは徴税人であり、彼の友人も徴税人や、いわゆる罪人と呼ばれている人びとが多かった。
レビは弟子にしてもらったあとイエスを家に招き、食事をもてなした。それを見て、ファリサイ派の律法学者がイエスの弟子に「なぜ彼は徴税人や罪人と食事をするのか」と聞く。すると、それを聞いたイエスがこう言う。
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」
これを読んで思う。
「これでは、まるで丈夫な人が正しい人で、病人が罪人あつかいされているようじゃないか」
だいたいなぜここで医者の話が出てくるのか。もともと文脈は罪人に関する論議のはずだ。医者の話などしていない。医者の話が浮いているのだ。
願わくば、実は医者の話は別系統の伝承であり、無理やりここにマルコかマルコ以前の伝承の段階で埋め込まれたか、あるいはイエスがじっさいにファリサイ派との論争のなかで医者の話を引き合いに出したとしても、後半の「わたしが来たのは……」の部分は説明のための付け加えであった、ということであってほしいものだ。
イエスはじっさい医者としてガリラヤのほうぼうで活動していた。その癒し手としての使命感から、ただ単純に、簡潔に、
「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」
と言ったのだ、と思いたい。
癒し手が必要なのは病人なのだ。病人こそが救われなければならない。わたしは病人を癒すために来ているのだ。……そういう言葉を元来のイエスが語ったのだ、と思いたい。
アリゾナ記念館
2005年10月25日(日本時間26日)、ハワイのアリゾナ記念館に行ってきました。これも修学旅行の付き添いです。
1941年、日本軍による真珠湾攻撃で撃沈された戦艦アリゾナの船体の上に、真珠湾攻撃のアメリカ側の戦死者を壁一面に刻んだ慰霊碑のある記念館を建造したもので、慰霊施設ですから、いわゆる観光地とは言えません。
記念館から見下ろすと、うっすらと水中に沈むアリゾナの船体が見え、船体からは、今も少しずつ油が浮き出しているのが見えます。このポツリ……ポツリ……と浮き上がってくる油が、沈められた乗組員たちの涙なのだ、という言い伝えもあるくらいです。そういうこともあって、船体を除去したり、油を処理したりすることは、死者への冒涜であるといわれて、そのままにしてあるらしいのです。
アメリカ人の怒り、悲しみが、ここに凝固しているような感があります。
しかし、日本人に対する敵意、攻撃のようなものは、ここには感じられませんでした。海上の記念館に行く前に見せられる説明の映画も、「なぜ日本とアメリカが戦争に巻き込まれなくてはならなかったか」と語る中立的なものでしたし、書店にも日本語の文献があり、職員も日本人にフレンドリーでした。
時代の雰囲気は急速に変わっていってるのかも知れません。あるいは、今アメリカ人の敵はアジア人ではなく、アラブ人なのだ、ということになっているだけなのかも知れませんが……
慰霊施設としてのアリゾナ記念館を訪れながら、ぼくは日本の靖国神社と比較せずにはおれませんでした。
靖国は正確には慰霊施設ではありません。日本人戦死者を崇拝対象として祀り、顕彰する施設です。靖国神社自体が宗教法人です。アリゾナのように、特定の教会ではなく記念館の維持財団が運営しているというのとは、少し意味合いが違うように感じました。だから、靖国ではいつも、政治と宗教の癒着ということが問題になるのでしょう。
しかし、その反面、アリゾナと靖国が実に似ているのは、国家のために生命を落とした者を褒め称えるという装置になっているという点です。このような施設がある限り、国家のために生命をささげることを美化し、戦争を推進する勢力がなくならないという点では同じだ、と感じました。![]()
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フラによる讃美
マキキ聖城キリスト教会で見た、ここでしか見られない讃美、それが「フラ」による讃美だった。
地域によって、文化によって、いろんな讃美があっていいと思っていたけれど、まさにハワイらしい讃美のしかたと言えば、このフラによる讃美だろう。
フラは手話のような振り付けで内容を伝える面も持っているため、讃美がそのまま体を使ったメッセージにもなる。
今回は、宣教師がフラを使ってキリスト教の教理を分かりやすく先住民の人びとに伝えようとしたフラと、主の祈りの歌に合わせて踊るフラの2曲が披露された。
ゆったりと、風のように、波のように、讃美をフラに託した2人が、踊り終えたときに、口のなかで「アーメン」とつぶやいたのが、ぼくには見えた。感動がじわりと胸にひろがった。
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キリスト教&神道ミックス
今日は(というかもう日付が変わっちゃったから昨日になるけど)起工式というものに参加しました。個人の住宅で言えば「地鎮祭」にあたるのでしょうか。体育館を建てたりするような大きな工事なので「起工式」。
だいたい、こういうのは神道の神主さんがやることが多いんですな。ぼくは牧師で、勤め先の学校では神主のような立場なので、ぼくも出席することになり、聖書朗読と祈祷をしました。
そして、これは初めての経験だけど、「鍬入(くわいれ)」という儀式を経験しました。主賓のひとりひとりに鍬を渡して、きれいに盛られた砂山にザクッザクッザクッと鍬を3回ずつ入れてもらう、という、通常なら神主が司る神道の儀式です。それをキリスト教の牧師がやるというのは、確かに変わってるんだけど、これをやらないと工事業者さんが落ち着かないんですね。なにかあったらかなわん、というわけで。
でも、なんだか、面白かったですよ。異宗教ミックスを実践してみるのも。
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マイナーであることの喜び
今日は学校で早天祈祷礼拝という行事をおこないました。
始業時間よりも早く集まって、ひとときの小さな礼拝の時を持つというものです。
予想通り、参加人数はたいへん少ないものでした。全校で1700名近くいる学校で、この早天祈祷礼拝に出たのはたった23名でした。
しかし、全校生徒へのアナウンスは1回だけ、しかも土曜、日曜日明けの月曜日の自由参加行事で、多くの生徒にも忘れ去られているだろうこの行事に、「来る」というだけですごいことだと、うれしくなりました。
参加者が少ないほうがいいと感じることもあるものですね。このような状況で来てくれる人というのは、それだけ意識が高かったということです。来た人たちは本当の選抜メンバー「選ばれた人々」です。それが、うれしいのです。
魂をおぼえて2
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同志社女子大学で新しくできたばかりの薬学部の実験棟を見学する機会がありました。
実験棟の横に、動物慰霊碑がありました。人間のために命をささげてくれた実験動物たちの魂を鎮める意味で建立されたものだそうです。
てっぺんには、「イクトゥス」の魚の紋章。
上半分には、ラテン語で「わたしは復活であり、命である」というヨハネによる福音書の言葉。
そして下半分には、英語で、「In Memory of all the animals who gave their lives for humankind」と書いてありました。「animal」にあえて「who」という言葉をつけるところに、動物に対するリスペクトが含まれているな、と感じさせる、と同行していた人が気づいて教えてくれました。
……ただ、その下半分の部分を写真に撮ろうとしても、どうしてもそこを写した写真だけは何度やってもメモリーに入ってくれないのです。少し気持ち悪くなりました。
讃美歌21の不備がここにも
今日、讃美歌21の487番を唄っていてトラブルが発生した。
折り返しとして、1節ごとの歌詞の間に入っているはずの部分が、楽譜のほうではダ・カーポ(D.C.)とフィーネ(Fine)でくくられているために、楽譜どおりに弾くと折り返しの歌詞を毎回2回ずつ唄ってしまうことになるのだ。
歌詞のほうには、(1節ごとに後と、最終節の後で歌う)みたいな解説がついているが、それは歌う一般大衆が読む部分であって、楽譜とは関係ない。オルガニストはそんなもの読んで演奏はしない。
というわけで、礼拝参列者たちの歌おうとする流れと、楽譜に書かれている音楽の進行が一致していないというミスが見つかってしまった。
教皇の死去
ローマ法王:ローマ・カトリック教会の教皇ヨハネス・パウロ2世が死去した。
世界の政治と経済と文化に大きな影響を与えているカトリック全体が喪に服するわけで、これによる影響は、多くの日本人が考えているより、はるかに大きなものになるのではないか、と思う。
ブッシュを批判した人でもあるし、これからのカトリックの動向にも注目しないといけないな、と思う。
ペトロ以来の教会の代表者という伝承は、かなりまゆつばものだが、考えてみると、自分も牧師としての按手礼を受けたときは「ペトロへの使徒継承以来だな」なんて、ちょっとうれしくなっちゃっていたりもしたんだから、人のことは言えない。あてにならない度合いはどっこいどっこい。
讃美歌21不買委員長
本当は「不買委員長」というほどでもないんだけど、『讃美歌21』は、一部では非常に評判悪い。
キリスト教学校関係では、もろ手を挙げてあれをほめる人はいないんじゃないかな。
まず、中高生レベルで教えている音楽カリキュラムを外れた楽譜が多いため、音楽科の教師からは総スカン。
つぎに、翻訳日本語が格調低すぎ、また必要もないのにこなれていない不細工な口語に変えた歌詞が多く、唄うづらいばかりか、国語の教師の視点から見ても、「日本語としてひどい」。いままで授業で使ってくれていた国語科教師が離れてゆく。
おまけに、オルガンで奏楽するようなタイプの音楽ではないものが、たくさん収まっているのに、オルガンなしの礼拝というわけにいかず、あえてそんな讃美歌を使おうとすると、本来オルガンで弾くべきでない曲をオルガニストが弾かされてしまうハメになる。これがオルガニストには苦しい。オルガンなしというわけにはいかないのは、ふつうの教会でもありがちなことだし、学校の場合は、年間予算を組んで謝礼をお支払いしつつオルガニストを呼んでいるわけだから、余計に体制のくずれの波及効果は大きい。
しかも、分厚すぎる。なんでもかんでも1冊にまとめればいいというものでもない。
讃美歌集など、ジャンル別、用途別に、オンデマンド出版でいいのではないか?
アート?新約聖書
日本聖書協会から『アート新約聖書』というのが出た。
宣伝チラシが美しかったので、ついつい期待して、プレゼント用に、と数冊購入した。
じっさい手にとって見ると、ふつうの新共同訳の新約聖書だけの部分のやつの、前のほうに、何枚か有名な絵画の写真がチョロッと何ページか印刷されているだけだった。なんだかだまされたような気分だった。
なんか最近、聖書協会って、「スタディ版新約四福音書」とか、「和英対訳新約聖書」とか、いろいろいろいろ出してるけど、みんなが買うのを見越して、あこぎに稼ぎまくっている、という気がしてしょうがない。
まぁともかく、この『アート新約聖書』ってのは、ちょっとインチキだね。
よくわからないキリスト教
「よくわかるキリスト教」とか「キリスト教がよくわかる本」とか、そういう題名の本がめちゃくちゃ多い。
多いけれども、どれも「よくわかった」という読後感がない。
それらの本は確かに、雑学知識的にキリスト教を紹介する分については、よくわかるように書いてあるのだけれど、しかし、かんじんの「


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